◆研究のきっかけは何ですか
私は病理医として、患者の組織を顕微鏡で観察していました。いつも感じていたことは、生きた患者の中では細胞はどんな動き方をしているだろうという、素朴な疑問でした。
例えば、免疫細胞の白血球ががん細胞を攻撃して壊すことは、皆が知っています。しかしそれは、すべて試験管の中の観察結果をもとに、想像しているにすぎません。本当はどうなんだ、動いているところを見たい、と思ったことが研究の動機です。
また、治療薬は全て分子に作用しますが、その働きを顕微鏡で見える形にしたいという思いもありました。
◆どんなことがわかりましたか
細胞増殖因子という、細胞の増殖を促進するタンパク質があります。多くの細胞は、自分で細胞増殖因子を作ることができます。しかし、自分で自分を増やす分子を作る理由がわかりません。
そこで、クラゲの蛍光タンパク質を材料に、細胞増殖因子の働きを顕微鏡で見えるようにする道具を開発しました。その結果、この細胞増殖因子は、隣の細胞へ信号を伝えるためにあり、バケツリレーのように遠くまで信号を伝えていることが判明しました。
私たちは、これが傷口を効率よく防ぐために重要であると考えています。わずか1ミリ幅の傷でも、細胞にすれば100個分の距離です。傷口から100個分も離れた細胞に、傷を埋める必要があることを知らせるために、細胞増殖因子は使われていたのです。
従来、細胞増殖因子は細胞の増殖を促す物質と信じられてきましたが、実は遠くの細胞へ情報を送る役割も果たしているわけです。
◆今後の目標は何でしょう
到達目標は、誰も思いつかなかった問題を見つけることです。問題を解くより、問題を見つけることの方が、より人類の発展につながることが多いと信じています。
私たちの技術は、細胞の“状態”を生きた細胞で可視化します。つまり、興奮しているのか、飢餓状態にあるのか、はたまた死にそうなのかという細胞の気持ちを、可視化します。
抗がん剤や免疫系細胞の攻撃が、がん細胞に効果を及ぼしているのかを見ることで、治療法につながる研究を展開できます。また、脳内の様々な細胞の活性状態を見ることで、全身の体調が人間の心を制御するメカニズムにも、迫ることができると考えています。
授業でスローウイルス感染症の話を聞き、研究に興味を持ちました。スローウイルス感染症の代表は、パプアニューギニアの食肉部族に蔓延していたKURU病で、この病気は十数年の潜伏期間の後に、運動失調を引き起こします。
ヒト脳を食することにより感染すること、核酸を持たない病原体により引き起こされることなどが、まさに明らかにされつつある頃でした。研究って面白そうだと研究室に出入りするようになり、今に至っています。
学生の頃、マウスで実験しようとして脳の抽出液を間違って手に注射し、蒼白になりました。40年以上潜伏したケースもありますから、まだKURUの呪いからは解放されていません。
「細胞生物学」が 学べる大学・研究者はこちら
その領域カテゴリーはこちら↓
「7.生物・バイオ」の「21.分子生物学・細胞生物学・発生生物学、生化学(生理・行動・構造等 基礎生物学も含む)」
◆「生きた個体の細胞内情報伝達系を可視化して細胞の『こころ』を読む」(テルモ生命科学振興財団)
ヒトやマウスの組織から採った細胞を使って、細胞同士がどのようにコミュニケーションをとっているか、蛍光タンパク質を使ったツールと、高度な顕微鏡技術を用いて観察しています。
さらに、細胞を100種類以上の色でラベルする方法とか、脳の奥深くまで傷をつけずに顕微鏡で観察する方法なども開発しています。
◆主な業種
・光学機器
・薬剤・医薬品
・病院・医療
◆主な職種
・基礎・応用研究・先行開発
・医師・歯科医師
・大学等研究機関所属の教員・研究者
◆学んだことはどう生きる?
大学教授あるいは国立研究機関、病院、製薬企業や光学機器メーカーの研究職が多いです。医学部に学士入学をする学生も、一定数います。
医学の知識は常に書き換えられ続けているということを、学生には強調しています。物理や化学が知識の積み重ねによって進んできているのに対し、医学は古代からの経験に基づく知識を書き換えながら進んでいるという点が、大きく違うと考えています。
すなわち、現時点で事実として教えている医学知識のかなりの部分は、いずれ間違いだとわかる可能性があることを、認識することが大事です。
「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性確保に関する法律」に基づく「教育目的遺伝子組換え実験」の範囲内という条件で、青~赤の蛍光タンパク質を発現する大腸菌を作成し、その菌体の色と蛍光色との関係を考察する。また、身の回りの光源をこれらの大腸菌に照射して、光源の色と、観察される蛍光の色と強度の関係を調べる。
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ? やっぱり医学研究をすると思います。星を見るのは好きでしたし、ロケットもどきを飛ばしたこともありますが、現代では、どちらの研究分野も膨大な予算を使って進めるチームワークの研究となっています。 個人プレーが中心の医学研究の方が、私の性格には合っていると思います。また、以前よりもヒトを使った研究がやりやすくなっていると感じます。特に新型コロナ感染症は、ヒトを対象とする研究のハードルを著しく下げたので、今後は感染症に限らず医学研究は、加速度的に進むのではないかと感じています。 |
|
Q2.大学時代の部活・サークルは? 学生時代はスキー山岳部に所属していました。卒業後すぐにカラコルム学術登山隊に参加し、パキスタンのK7峰の初登頂をしました。キャラバンの途中で現地住民の診察をし、自分の無力さに打ちのめされたのは、苦い記憶です。観光省に行って、拙い英語で登山許可をもらう交渉をしたり(賄賂が必要とは知らなかった)、50度を超す空港の倉庫の中で荷物を探したり、岩壁のハーケンが抜けて宙を舞ったり、人生で最も濃密な悪夢と快感が混沌とする時間でした。 |
|
Q3.大学時代のアルバイトでユニークだったものは? 環境庁(当時)の野生動物調査。調査員に同行して山に入り、雉(きじ)が出た地点を地図に印をつけるアルバイトでした。発情した猟犬に慕われて迷惑しました。骨髄を2万円で売ったこともあります。心を吸い取られるような痛みで、2度とやるかと誓いました。 |