整形外科学

軟骨の再生

軟骨を再生できる幹細胞を発見。膝関節症治療のための再生医療を大きく前進


関矢一郎先生

東京医科歯科大学 医学部 医学科(医歯学総合研究科 医歯学専攻/再生医療研究センター)

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手術と研究の二刀流


◆着想のきっかけは何ですか

主に加齢が原因で膝関節の軟骨が摩耗し、痛みで歩行能力が低下する病気を、変形性膝(ひざ)関節症と言います。日本では、50歳以上の2人に1人が変形性膝関節症であると推定されています。いったんこの病気になったら、元の状態には戻らない。それが医学の常識でした。私たちはこの難題に挑み、軟骨を再生させる新たな治療法の確立を目指しました。

軟骨は、再生能力の低い組織です。そこで、軟骨になりやすい細胞を、治療したい場所に持ってくるという戦略を考えました。問題は、どこから軟骨になりやすい細胞を採ってくるかということでした。

私は膝関節の整形外科医です。傷んだ膝を人工関節に置き換える手術をした後に、要らなくなった組織に着目しました。これらの廃棄される組織から、得られた細胞を比較するのです。

幹細胞は、自分と同じ細胞を作る能力と、他の細胞へ分化する能力を持っています。骨髄、筋肉、脂肪と比べた結果、膝関節を覆っている滑膜から取り出した幹細胞(滑膜幹細胞)が安定して増えやすく、最も軟骨に分化しやすいことを発見しました。

◆どんなことがわかりましたか

ラットやウサギといった小動物をモデルとした研究の結果、滑膜から分離して増やした滑膜幹細胞を軟骨欠損部に移植すると、軟骨が再生されることがわかりました。さらに、関節鏡という細い管の先にレンズとライトがついた機器で、関節内を覗きながら細胞を移植する方法も開発しました。

この成果をもとに、けがで軟骨が欠損した患者さんの協力を得て、軟骨欠損部に滑膜幹細胞を移植する研究を行いました。その結果、膝の症状改善が確認できました。

軟骨の次は、半月板です。半月板は、太ももの骨とすねの骨の間でクッションの役目をしている組織です。変形性膝関節症の患者さんの中には、半月板が損傷したり、位置がずれたりして、本来の機能を果たしていない例が多く見られます。

私たちは、半月板の一部が切れかけている患者さんに対して、傷ついた半月板の形を手術で整えた後に、滑膜幹細胞を移植して、半月板の再生が促されるかどうかを確かめる研究を行いました。この研究に参加した患者さん9名全員の症状が改善しました。

◆その研究が進むと何が良いのでしょう

これまで、変形性膝関節症に対する治療と言えば、痛み止めの注射や人工関節に置き換える手術などが中心で、軟骨の状態を改善するための治療法はありませんでした。私たちが開発した滑膜幹細胞は、体外で効率よく増え、高齢者からでも安定して必要な細胞数を得ることができます。

しかも、関節鏡を使って細胞を移植するので、膝関節を大きく切開せずに済みます。注射で細胞を傷ついた組織に置けばいいのです。この低コストで、身体への負担が軽い治療が実現すれば、より多くの人に新しい治療を届けることができるようなります。

SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

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日本におよそ1000万人いる、変形性膝関節症の進行を止める治療法は、まだありません。その要因の1つは、膝全体の軟骨の厚さを簡単に数値化する方法がないため、病態の理解や治療効果の判定が難しいことです。

この課題を克服するために、人工知能(AI)を活用しMRIの2次元画像から軟骨領域を抽出して、全自動で3次元的に示し、膝全体の軟骨の厚さを数値化する方法の開発も行っています。

新たな治療方法と、これを評価する方法の2つの観点から、変形性膝関節症の構造を改善させる、治療法の開発と普及を目指します。

この道に進んだきっかけ&学生時代

高校時代、医者はやりがいがありそうだと思って医学部を受験しました。大学卒業後は整形外科に進み、再生医療研究の道を選んだのは大学院の時です。1999年の科学雑誌「サイエンス」で、骨髄由来の間葉系幹細胞が骨、軟骨、筋肉などの組織に分化することを示す報告が出て、これからは幹細胞を使った再生医療の時代が来ると考えました。

研究者と臨床医の両方を続けるためには、まず体力です。あとは、研究はやってみなければわからないことも多いので、とにかく始めて、やりきる力も重要です。大学生時代、学園祭の実行委員長になり、大きな組織や予算を動かす苦労と達成感を味わったことはよき思い出です。

どこで学べる?
もっと先生の研究・研究室を見てみよう
学生はどんな研究を?

滑膜幹細胞を用いた軟骨・半月板の再生、この幹細胞を使った新たな再生医療の開発、AIを使ったMRI画像解析の研究などを行っています。

学生が行ったラットの変形性膝関節症モデルを用いた研究が、後に大きな動物を使った研究に繋がり、さらに、患者さんの協力を得て行われる研究に発展する例もあります。

博士課程学生の研究結果が、現実の治療開発に反映されることも多く、自分の研究が社会の役に立っていると実感できるのが、この教室で研究する醍醐味です。

学生はどんなところに就職?

◆主な業種

・病院・医療

・薬剤・医薬品

◆主な職種

・医師・歯科医師

・基礎・応用研究・先行開発

◆学んだことはどう生きる? 

医療業務、医療機器の仕事

先生からひとこと

専門分野への興味も大事ですが、まずは自分を知ること。同級生よりも優れている、自分の能力や性格を知り、これを社会のために活かすことが大事だと思います。

先生の研究に挑戦しよう!

もも肉のローストチキンを食べた後、膝の構造を調べよう。
膝を構成する代表的な2つの骨の名前はなんでしょうか。この2つの骨を離した時に、2つの十字靭帯と2つの半月板を観察しよう。これらの十字靭帯と半月板の役割を考えよう。

中高生におすすめ

白夜

渡辺淳一(ポプラ文庫)

医師であり作家である渡辺淳一の自伝的長編小説。青春の戸惑いの中で医学を志し、やがて作家へと転じる心の軌跡を描く。青春の彷徨のなか医学を志す青年の懐疑と憂愁を刻み、生と死の岐路でおびえ戸惑う若き医師の青春を描いた内容は、時代を超えて、高校生にこそ読み継がれるべきだろう。

将来何になりたいかを真剣に考える高校生、特に医学はやりがいがありそうだと思っている人にこそ読んでほしい。整形外科医の世界の魅力を伝えてくれる本でもある。


先生に一問一答
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?

もう1度医学部に入って、今と同じテーマで研究したいと思う。研究室見学に来た高校生が、膝の半月板再生について、体の中のこんなに小さいパーツのことを、何十年も研究していることに驚いたという感想を述べたことがあったが、30年でもまだ足りない。究めるほどに新しい発見がある。

Q2.一番聴いている音楽アーティストは?

ビートルズ。朝一番に聴くなら“Here Comes The Sun”、勉強前に気合いを入れるなら“Magical Mystery Tour”、落ち込んだ時なら“Help”。50年以上前の音楽なのに、いつ聴いても心揺さぶられます。全ての曲がお勧め。

ポール・マッカートニーには会ってみたいです。18歳でビートルズのメンバーとしてデビューし、80歳近くになっても、東京ドームで水を一滴も飲まずに3時間歌い続けることができるレジェンドです。

Q3.研究以外で楽しいことは?

週に1回、ドコモのレンタサイクルで、30分かけて自宅に帰ること。四季を五感で楽しめる。ちなみに、五感のうちの味覚は水分補給の「麦茶」です。


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