化学系薬学

有機触媒

地球上にありふれた安価な金属を用いた触媒の開発で、環境調和型のクスリの生産に挑む


松永茂樹先生

北海道大学 薬学部 薬学研究院

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アルゴンで満たされたグローブボックス内で触媒を調製しているところ


◆着想のきっかけは何ですか

ロジウムやパラジウムといった希少金属を活用する医薬品合成用の触媒は、活性が高く、世界中の研究者に利用されています。2010年にノーベル化学賞に輝いた鈴木‐宮浦クロスカップリングが、その代表です。

しかし希少金属は高価であり、資源の枯渇も心配されています。また、2021年のノーベル賞に輝いた有機触媒ですが、それだけでは適用できる反応に制約が残っています。

私たちは安価な金属を利用して、希少金属触媒や有機触媒を凌駕する新しい触媒を開発し、クスリの合成への応用を目指すことにしました。ロジウムと同族のコバルトに着目し、高い触媒活性を実現するため、新しい触媒の設計を行いました。

◆どんな方法で成果をあげましたか

コバルトに高い触媒活性を持たせるためには、コバルト金属単体を使用するだけでは不十分です。コバルト金属に対して、緻密にデザインされた有機触媒をくっつける必要がありました。

適切な有機触媒分子を設計し、コバルト金属と同時に利用することで、コバルト触媒と有機触媒が協力し合い、非常に高い性能を示すようになりました。クスリの開発や生産に必要な化学反応を高い効率で、しかも廃棄物を最小限に抑えた形で実施することが可能となりました。

◆その研究が進むと何が良いのでしょう

地球上の資源量が乏しい希少金属を、利用しなくて済むようになります。地球上に豊富に存在する、安価なコバルトを利用した新しい触媒を使えば、希少金属と同じか、またはより高い触媒活性を実現できるようになるでしょう。

また、2021年ノーベル化学賞に輝いた有機触媒では実現不可能だった、化学結合を自由自在に切断したりつなげたりすることが可能になります。ノーベル化学賞を超える新しい触媒の創出を通じて、廃棄物の少ない医薬品の生産手法の開発を実現し、持続可能性の高い社会づくりに貢献します。

SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

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病を治すために、クスリは欠かせないものです。しかし、クスリは非常に複雑な化学物質であり、クスリの生産に伴い排出される廃棄物の量は、クスリの数十倍から百倍にもなります。

クスリの効き目はもちろん1番大切なのですが、持続可能な社会実現には、クスリの生産における廃棄物の削減も重要なテーマです。私たちは、クスリをつくるための超効率的な触媒の設計・開発を行うことで、化学物質や廃棄物の削減に貢献します。

学生時代は

大学では、なかなか将来の道が決まらずに色々な物事にトライしていました。長期休みの度に、バックパックを背負って旅行に出かけたことが、良い思い出です。海外を1ヶ月くらい、事前にスケジュールを立てずに放浪するのが好きでした。

インターネットもGoogleもスマホも何もない時代、片言の英語や中国語を使いながら、行き当たりばったりで自由旅行をするのが好きでした。怖いもの知らずでした。研究計画を立てる際に、失敗を恐れずにとりあえず飛び込んでみようという精神力が養われたかも知れません。

学部4年生の時に研究を始めてからは、教科書には書いていないこと、世界で誰も知らないことを発見することが楽しくてたまらず、毎日実験に打ち込んでいました。

どこで学べる?
もっと先生の研究・研究室を見てみよう

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合成した医薬品の原料を取り出しているところ

学生はどんな研究を?

私たちの研究室では、医薬品を合成するための新しい化学反応や、化学反応を効率よく実施するための触媒の開発研究を行なっています。教科書にはない新たな化学反応を開発したり、これまでは実現不可能とされてきた化学反応を実現するための、新しい触媒を生み出しています。

過去のノーベル化学賞に代表される優れた研究の成果を取り込みつつ、それを凌駕する優れた触媒を生み出すのが目標です。触媒や化学反応の設計には、スーパーコンピューターを駆使したシミュレーションや、機械学習などの手法も活用します。

新しい触媒の構造をX線で決める測定装置
新しい触媒の構造をX線で決める測定装置
学生はどんなところに就職?

◆主な業種

・薬剤・医薬品

・化学・化粧品・繊維/化学工業製品・衣料・石油製品

・その他の化学系

◆主な職種

・基礎・応用研究・先行開発

・設計・開発

・生産技術

・薬剤師等

◆学んだことはどう生きる? 

製薬会社、化学会社、化粧品会社などの研究所において、創薬研究、新規製品の開発研究に携わっています。大学の研究室で身につけた、有機化学や触媒を使った分子レベルでのモノづくりの能力や、分子を設計する能力が、会社の研究に直接活かされています。

先生からひとこと

有機合成用の触媒開発に関する分野では、2010年の鈴木章先生(北海道大学)と根岸英一先生(パデュー大学)、2001年の野依良治先生(名古屋大学)、2度のノーベル化学賞に輝くなど、長年日本のお家芸とされている分野です。

また、2021年受賞のリスト先生(北海道大学特別教授)の有機触媒も、同様の目的に使用されてきました。ただし、ノーベル化学賞はあくまで過去の業績に対するものであり、現役の研究者や若い大学院生は「ノーベル化学賞をはるかに超える新しい触媒」の開発研究に、日夜挑戦しています。

「ノーベル賞を越えていく」「次のノーベル賞を目指す」というのが当たり前(?)の目標になる、刺激的で面白く、世界最先端の研究に日本国内で取り組める研究分野です。

先生の研究に挑戦しよう!

・医薬品の化学合成に利用される“触媒” について

化学合成用の「触媒」に関する研究成果が身の回りの化学製品にどのように生かされているのか調べてみましょう。医薬品の化学合成に対する貢献によりノーベル化学賞の栄誉に輝いた研究は多数あり、日本での研究成果も含まれます。不斉有機触媒の開発(2021)、有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリング(2010)、不斉触媒による水素化反応の開発(2001)などについて調べてみましょう。

中高生におすすめ

ラブ・ケミストリー

喜多喜久(宝島社文庫)

有機化学の研究室に所属する、理系草食男子の大学院生が主人公の、ラブコメ&ミステリー小説。薬学部における化学系の研究室の日常も描かれているので、研究者の生活が身近に感じられる。


先生に一問一答
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?

やはり薬学です。高校生の時にイメージしていた薬学=薬剤師という発想とは全く異なる世界が「薬学の研究」には広がっていたからです。化学、物理、生物の全てを網羅する総合サイエンスである薬学の研究は、カバーする領域が非常に広く、じっくりと自分に合うテーマを探すことができました。もう1度やり直すなら、薬学の中でも今のテーマとは違う研究に取り組んでみたいです。同じ薬学でも、研究テーマによって全く違う世界が見えるはずです。

Q2.研究以外で、今一番楽しいこと、興味を持ってしていることは?

料理です。料理で身につく創意工夫をする能力は、研究にも必ずプラスの効果をもたらします。研究よりも料理の方が、成功確率が高い(!?)のも魅力です。

Q3.会ってみたい有名人は?

アンゲラ・メルケル(ドイツ)。彼女の科学的根拠に立脚した政策立案、演説、強い指導力に感銘を受けたから。科学者として博士号を取得した強みが、存分に発揮されていた。リーダーとして、科学的に考え合理的に判断する、危機管理能力の大切さを教えてもらいたい。


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