◆現在の研究分野に進まれたきっかけは何ですか
私は大学進学時、物理か化学をやりたいと思っていました。正直なところ、高校で習った数学は道具としては有用であることは理解しつつも、それほど面白いとは感じませんでした。
大学入学後に少し背伸びをして、量子力学や相対性理論の学生セミナーに参加しました。しかし数学をきちんと理解していないと、表面的な理解になってしまうことが不満でした。またそういった場面では、微分方程式が重要な役割を果たすことに気づきました。それで、3年生から本格的に数学を学ぶことになりました。
大学院に進学し、何を研究すべきなのかだいぶ迷いました。指導教員の先生は何でもいいと言ってくれたので、本当にそのようにしました。他の研究室の先輩らと勉強会をしたりして、現在の力学系理論という分野に落ち着きました。まだ若い分野であり、少し勉強すれば新しいことを考え出せたので(勉強嫌いの私としては)良かったと思っています。
◆具体的にどんな研究か教えてください
近代科学の始まりは、ニュートンが万有引力の法則によって惑星の運動を説明したことに始まります。それまで神様が決めていると思われていた惑星の運動が、たった1つの方程式で表されました。当時の人にとっては驚きの、というよりも受け入れ難いことであったと思います。
その後、惑星の運動はヨーロッパで研究が進められましたが、3体問題と呼ばれる問題(太陽と地球と木星の3つの惑星が影響し合うといった問題)に突き当たります。この問題が「なぜ困難か」ということが、数学、物理学、工学の研究者によって20世紀前半辺りで明らかになり、1960年代にその仕組みが数学的に明らかにされました。(仕組み自体は難しいものではありません。)
その仕組みは、世の中の様々な現象や、それを記述する微分方程式の中に埋め込まれているのか。また、埋め込まれている時に実際どのようなことが起こるのか。これらについて研究を進めています。
◆この研究を通じて、どんな課題が解決されますか。
物理学や工学、経済学で対象の時間変化を表すために、微分方程式と呼ばれるものを使います。微分方程式は、コンピュータを使うといくらでも精密に「解」を求めることができるのですが、長い時間が経った後の「解」がどのようになるかを予測するのは、難しい問題になります。
現在、2時間後の天気は正確に予想できますが、2週間後では難しくなります。これは、カオスと呼ばれる現象が起きているからです。力学系理論の解析学の1つの目標は、カオスの中で何が分かるかを明らかにすることです。
我々を取り巻く世界が「どのように調和を保っているか」を、より深く理解することが(基礎)科学の本来の目的。現在の日本では「科学」と「技術」が常に一緒にされ、技術のために科学があると捉えている人も多い。
SDGsにおいては、その区別をきちんと理解することこそが重要。例えば、現在は脱炭素「技術」についての議論が盛んですが、なぜそれが必要かと言えば「欧米でそういう流れになっているから」となってしまっているような気がします。
基礎から理解しないとダメ。それを教えるものが、数学という学問です。
当時も博士課程後の就職は厳しかったので、修士から博士への進学については迷いました。修士2年の夏に現在のファナック、富士通やIHIへ、就職活動で伺いました。当時はのんびりしていて、富士通の研究所にTシャツと短パンで訪ね、研究員の方に「褒めてもらった」ことを記憶しています。
時々、その時就職していたらどうなっただろう?と思うことがあります。結局、一度しかない人生なので、一番好きなことに挑戦しようと思い、進学を決意しました。迷った末に決めたことで、「研究ができなくなれば職を辞す」という覚悟をもって、その後の人生に取り組めたのだと思います。経済的には微妙です。ただし、研究者はおおむね個人主義。対人関係のストレスを感じずに生きることができ、良かったと思っています。
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学生の興味に応じた研究をしてもらっています。実験はないので、ある意味全く自由です。昨年卒業した学生には、平面上の等辺五角形のカオス的運動の研究をしてもらいました。
平面上の5つの質点を、長さが1の棒で円状に繋げた系の平面上の運動を考えると、点が4つまでの場合と異なり、非常に複雑な運動をすることが知られています。
この研究では、その複雑な運動の背景にある構造に迫りました。最後は、計算機を使った数値計算で結果を出しました。現在所属している学生には、全然別のことをやってもらっています。
◆主な業種
・IT関係、教育
◆学んだことはどう生きる?
数学の場合、専門分野が就職後すぐに業務と関係を持つことは、少ないと思います。数学科の学生の就職先は、時代によって教育、金融・保険、IT関係などへ移り変わっています。
IT関係であれば、情報工学などの学生の方が、当然即戦力として優秀です。数学科の学生が企業から評価されている理由は、新しいものを(数学を背景として)理解する能力や、最初から論理的に物事を組み上げる点ではないかと思っています。
九州大学理学部数学科は国内有数の規模で、純粋数学から応用数学まで、様々な研究者が揃っています。数学に興味のある人ならば、きっと「自分の数学」が見つかるはずです。
1. 「マルペケ」(3x3の3目ならべ)に必勝法はあるか?
2. 伊能忠敬はどうやって精密な日本地図を作ったのか? (どれぐらい精密だったのか?)
3. (野球で)なぜ強打者を4番にするのか?
4. プールの水を抜くとき、水が半分まで減る時間を半分から空になるまでの時間の割合は?
カオス 新しい科学をつくる
ジェイムズ・グリック:著 大貫昌子:訳(新潮文庫)
天気予報は、今なおなぜ当たらないのか。自然現象、まして大気などの複雑な流体現象は、予測不可能だからである。この本は、予測不可能なものを予測する新しい科学「カオス」について書かれている。
カオスと呼ばれる現象は、1960年代から1970年代にかけて、様々な応用分野の中に発見され、数学を使った力学の理論で解明しようとすることで、大きな発展を遂げてきた。現在カオスが適用される対象は、生物の器官、病原菌の増殖や蔓延、細胞の運動、一国の経済、人口動態などなど、数え切れない。本書はその発見における研究者の情熱、学者間の確執、葛藤、苦難と知的な興奮を描く。
わが相対性理論
アルバート・アインシュタイン:著 金子務:訳(白揚舎)
20世紀の偉人アインシュタイン自身が語る、一般の人に向けた相対性理論の解説書である。最初に発表した特殊相対性理論で驚かせたのは、観測する人の条件によって、時間が伸び縮みするという発見だ。
双子の弟は地球に残り、兄はロケットに乗って宇宙に行き帰ってきた。すると地球にとどまった弟に比べ、加速度運動をした兄は齢を取らなかった。つまり、時間の進み方が違うことを示した。
続いて一般相対性理論は、重力を宇宙空間の曲がり具合として表した。それによって、絶対的な時間というものはなく、時間も空間と同様に曲がることを発見した。どちらも既成の世界観を根底から覆し、20世紀以降の現代物理学の基礎となっている。