植物分子・生理科学

植物ホルモン

植物ホルモンはいつ生まれどう進化したか?解明されていなかった謎を解決


上口美弥子先生

名古屋大学 農学部 資源生物科学科(生命農学研究科 植物生産科学専攻/生物機能開発利用研究センター)

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カニクサ前葉体の写真


◆着想のきっかけは何ですか

私は、植物の成長を促進・調節するジベレリンというホルモンの働きについて、イネを中心に長年研究を行ってきました。しかし、植物の進化の中で、ジベレリンがいつ登場し、どのように使われ進化してきたのか、ほとんど知られていませんでした。

シダの祖先と考えられるイヌカタヒバという植物に、このホルモンを与えてみました。しかし、全く成長は促進されませんでした。

そこで視点を変え、カニクサという日本で生えるシダ植物を、材料にしてみました。カニクサを研究することで、シダとジベレリンの関係を明らかにできるのではないかと考えたのです。

◆どんなことがわかりましたか

シダは、非種子植物です。普通は胞子を撒くことで無性生殖をしますが、有性生殖も行います。研究の結果、シダが有性生殖するために、ジベレリンがシダをオスの植物体に変える働きをすることが分かりました。シダの祖先には働かなかったジベレリンは、同じシダの仲間のカニクサでは働いたのです。

それによってジベレリンが、植物の中でどのように機能進化していったのかが、明らかになりました。植物の進化という視点で見ていくと、同じ植物ホルモンが、ある場合は保存された機能をもち、ある場合には全く違う機能として働いていたことなど、新しい発見がありました。

◆研究を進めるうえでどんな困難がありましたか

カニクサというモデル植物ではない植物を使ったので、全ての遺伝情報を自分たちのグループで明らかにしなければいけませんでした。具体的には、シダが有性生殖する時のオス・メスの個体から、mRNAを取り出しました。さらに、植物ホルモンの生合成や、シグナル伝達に関わる因子も全て見つけ出しました。

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今回のカニクサ(Lygodium japonicum) は、つる性を示すシダで日本に古くから自生する植物です。名前は、子供が蟹を釣るのに使ったことに由来します。

そのような古くから知られていた植物が、植物ホルモンであるジベレリンを、オスの前葉体を作るのに使われていたことは驚きでした。このように、多様化した生物の仕組みを知ることは、生物多様性を理解、尊重することに繋がり、生物多様性損失の防止を図るものと信じています。

この道に進んだきっかけ

中学時代には、植物の光合成や糖の転流に興味を持ち、生物部でアサガオの葉をアルコールで脱色し、ヨウ素デンプン反応でデンプンの存在量を確かめました。夏休みには、夜通し葉をサンプリングし、転流によるデンプン量の変化を調べようと試みました。

高校時代、担任であり生物の担当であった先生は、アフリカツメガエルやイモリを飼っていました。私は生物部でもあったので、アフリカツメガエルに餌をやったり、イモリの再生実験を行ったりして、生物の不思議さに大変興味を持ったのです。この先生のおかげで、今の研究者への道に進むことができたと、今も大変感謝しています。

どこで学べる?
もっと先生の研究・研究室を見てみよう

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イネのジベレリン変異体写真

学生はどんな研究を?

私が研究する植物ホルモンは、ジベレリンと言います。当研究室では、ジベレリンが生み出す分子、シグナル伝達の理解と、構造解析を融合した研究によって、植物ホルモンの生殖に関する理解を深めます。

学生はどんなところに就職?

◆主な業種

・植物調節物質の開発に関する業務など

◆主な職種

・基礎・応用研究・先行開発

・設計・開発(企業における研究職)

◆学んだことはどう生きる? 

植物ホルモンや植物調節物質の開発、生理作用などの研究をしている卒業生が多いですね。

先生からひとこと

私の研究は、ジベレリンという植物ホルモンの、シグナル伝達を理解することでした。植物ホルモンのシグナル伝達については、ここ20年ほど、各国の研究者がしのぎを削り、遺伝学を中心に明らかにしてきました。

今後は、そのジベレリンがどのように花の発達や、植物の伸長に関わるのかを、より直接的に調べることで、ますます研究の夢は広がります。

先生の研究に挑戦しよう!

(1)植物ホルモンの受容体やシグナル伝達について、ここ20年くらいで多くのことがわかってきました。ジベレリン、オーキシン、ジャスモン酸、サイトカイニン、エチレンといった植物ホルモンの受容とシグナル伝達のメカニズムについて調べ、その共通点や、異なる点についてまとめてみましょう。

(2)大豆の黄化芽生えを使って一定間隔に印をつけ毎日間隔を測定し、どこが伸びているか、ジベレリン(GA3)を吸わせるとどこが一番伸びるかを記録し、ジベレリンに応答する部位がどこなのかを調べてみましょう。

中高生におすすめ

二重らせん

ジェームス・D・ワトソン(ブルーバックス)

ワトソンとクリックがDNAの二重らせん構造を発見した舞台裏を、ワトソン自らが綴った本。当時の科学者たちの姿を通して、分子生物学という当時の新しい分野を研究することの面白さや、競争の激しい研究の世界を垣間見ることができる。


分子生物学の夜明け 生命の秘密に挑んだ人たち

H・F・ジャドソン(東京化学同人)

1930年代半ばに誕生した分子生物学の、1970年までの歩みの記録。本書は、DNAの二重らせん構造を発見したクリックとワトソン、アポトーシス(細胞の自死)の研究で知られるシドニー・ブレナーなど、111名もの研究者らへのインタビューや、20名余りの人との手紙や電話でのやりとりをもとに書かれている。

研究者の業績だけでなく、考え方や生き方が、臨場感をもって伝わってくる。この本を通し、分子生物学の面白さ、ワクワク感を知ってほしい。


利己的な遺伝子

リチャード・ドーキンス(紀伊國屋書店)

「恋や世代間の争い、雄と雌の争いといった生物らしい営みは、全て遺伝情報が自己複製するためのものであり、その過程で起こるのが進化である」と、遺伝子の視点から進化を解き明かした本。

それまでの生物に対するイメージを覆した本書は、人々に衝撃を与え、世界的なベストセラーとなった。1976年に出版されたが、遺伝子研究が進歩した現在も、分子生物学の面白さを知るための必読の書であり続けている。


偶然と必然 現代生物学の思想的問いかけ

ジャック・モノー(みすず書房)

分子生物学を科学の研究としてだけでなく、歴史として、哲学として学べる本。学問が自然科学や人文科学、社会科学に分かれる以前、ギリシャの哲学者やヘーゲルやマルクスといった思想家たちも、自然や生命に対して思索してきた。

生物学者のモノーは本書で、分子生物学の成果からそれまでの世界観を否定し、一般の人々に衝撃を与えた。科学は、生命とは何か、人間とは何かといった哲学的な問いと、不可分ではないのだ。


先生に一問一答
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?

物理学。生物を理解するのに、物理学的解釈はいつも必要だから。

Q2.大学時代の部活・サークルは?

水泳部

Q3.会ってみたい有名人は?

グレタ・トゥーンベリ


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