生物物理・化学物理・ソフトマターの物理

化学反応

宇宙船燃料費の大幅な削減を実現。化学反応の背後に潜む根本メカニズムを解明する研究


小松崎民樹先生

北海道大学 電子科学研究所(総合化学院 物質化学コース/化学反応創成研究拠点WPI-ICReDD)


◆この研究の着想のきっかけは何ですか

「化学反応はなぜ起こるのか」、こんな素朴な疑問が研究の出発点になっています。これまで、化学反応が起こった結果どうなるかを予測するのは、本質的に不可能と考えられていました。「途中で何が起こるかわからないから、結果までわかるはずはない」と。その考えはおかしいのではと思ったことが、私の研究のきっかけになりました。

◆その研究が進むとどんな課題が解決されるのでしょうか

そもそも、化学反応とは何でしょう。反応前の物質が、反応の途中で分子や原子が入れ替わったり、再配置されたりすることで、最終的に別の物質になることです。

その背後に存在する仕組みや、コントロールする方法が解明できれば、化学反応を起こす出発時点から終了する状態まで、自在に制御することが可能になります。例えば、車の燃料が燃焼する化学反応も、全ての過程が完全にわかるようになるわけです。

◆具体的にどんなことに役立ちますか

私たちが見出した化学反応の原理の骨幹部分は宇宙船の航路設計にも使われているものです。かつて宇宙船アポロは、総重量の半分以上を液体燃料の搭載に使う必要がありました。ところが、その原理を利用することで、その後のNASAの宇宙船は、総重量のたった4%の液体燃料で、全航程を完了できる設計に成功しています。その結果、燃料費の大幅な改善だけでなく、宇宙船の軌道制御や航路の設計などに役立つようになりました。

これまで「化学」と「宇宙科学」の、こういったつながりは殆ど知られていませんでした。学問分野が違うのだと。しかしながら、化学反応も宇宙船の動きも共通の原理により支配されており、従来に比して化学反応をより効率的に制御することが可能になると期待されています。

◆この研究は今後どのように進展するでしょう

宇宙船に比べると惑星は質量が重く、惑星は止まっている状態と近似できます。したがって、宇宙船を質点(質量はあるが大きさのない点状の物体。抽象体)と近似すれば、たかだか3つの座標と3つの速度だけで、系の振る舞いが記述できるのに比べて、化学反応では全体が渾然一体となって動き、より新しい現象が潜んでいます。

例えば、私たちは分子や原子のエネルギーが高くなると、化学反応の途中の経路を変換する、言わば切り替えスイッチを新たに発見しました。これまで反応の経路は変わらないものと考えられていましたが、この切り替えスイッチは、化学反応の行き先を制御する新しい方法論を開拓するものと高く評価されています。

SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

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安価、安全、そして持続可能な形でエネルギーを人類に供給することは極めて重要です。その課題には化学反応をいかにデザインするかが重要で、第一に、化学反応がいかに生起するかの基礎的な理解、第二に、いかに所望の反応生成物をデザインするのか、第三に、いかにその反応条件を最適化するか、といった設計が重要となります。現在、我々の研究室では、数理・情報科学と化学を融合することでその問いに取り組んでいます。

この道に進んだきっかけ

研究をする上で一番必要な素養は、高校の(人生80歳としたら、たった4%弱の期間に過ぎない)3年間で具体的に数学、物理、化学、生物の問題や数式を解くことができるようになったかといったものでは決してなくて、身近なものに対して知性的な興奮を覚えることができるか、また、必要と「自分が信じる」知識・素養を貪欲に獲得していってやろうという能動的な姿勢をもつことができるかだと思います。

僕の場合は、高校時代、当時、私学でドイツ文学を教えていた父の書斎のなかから、『部分と全体 私の生涯の偉大な出会いと対話』(ヴェルナー・カルル・ハイゼンベルク著 山崎和夫訳/みすす書房)を見つけたことが研究の道を志すきっかけでした。31歳でノーベル物理学賞を受賞した著者が物理学に留まらず、化学、哲学、言語に及ぶ壮大な考察で、研究はかくも面白いものなのだと教えてもらいました。

どこで学べる?
もっと先生の研究・研究室を見てみよう

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研究室風景:日立との産学数理連携研究に関する議論

学生はどんな研究を?

化学反応の理論研究のほか、研究室では化学物理・生物物理のデータサイエンス研究も展開しています。化学の理論の多くは背後の基本方程式(シュレーディンガー方程式など)が存在し、それが扱える(実際に計算できる)現象を対象としています。

しかしながら、原理的には基本方程式がありますが、超膨大すぎて計算不可能な対象が、自然界には圧倒多数存在します。データサイエンスは、化学、物理、生物の知識を前提とした上で、データだけから背後の現象を学ぶ手法で、例えば、非アルコール性脂肪肝疾患における病気の予測、背後の分子機構理解のためのデータサイエンスや、粘菌の細胞分化の研究などを行っています。

学生たちはお互いに異なるテーマを展開しているため、日々刺激を受けて多くの学問分野の研究に自然に触れることができ、豊かな学際力を身につけています。

学生はどんなところに就職?

◆主な業種

・コンピュータ・情報通信機器

・ソフトウエア・情報システム開発

・ネットサービス/アプリ・コンテンツ

・官庁、自治体、公的法人、国際機関等

・その他

◆主な職種

・基礎・応用研究・先行開発

・システムエンジニア

・メンテナンス、運用・システムアドミニストレータ・サービスエンジニア

・大学等研究機関所属の教員・研究者

◆学んだことはどう生きる? 

大学附置研のため、学生総数が過去10年間で10~15名程度なので、母集団としては少ないのですが、データサイエンスを行っていた学生は、金融データを扱う銀行関係の会社や、海外の研究機関の助教に就職しています。また、化学反応の数理構造に関する研究をしていた学生は、国立研究機関、海外研究機関への准教授、助教、研究員、ポスドクとして就職しています。

先生からひとこと

現在、化学科で「現代化学反応理論」を4年生、修士課程院生に教えています。私が専門とする「化学物理・生物物理」「物理化学」「数理物理」は、高校で習う学問領域の境界に位置しています。学問領域の境界は、誰も気づいていない「学問の宝庫」です。

1つの分野で学ぶだけでは、そこで培われる概念の普遍性に気がつかないで一生を終えてしまうでしょう。例えば、化学反応の概念は宇宙船の航路設計にも使われており、一般の化学者が思う以上にとても普遍的な概念で、両学問を知る研究者だけが携わることができるのです。

日本で最初にノーベル化学賞を受賞された福井謙一先生は、生前よく「自然は学問の垣根を知らない(Nature does not know any boundary of science (小松崎訳)」とおっしゃっていました。

福井先生ご自身、高校時代は数学が1番得意で大好きだったそうで、大学の進学先を知り合いの大学の先生に尋ねられた際、「数学が好きならば(数学でまだ理解されていない経験的学問の色合いが強い)化学へ行きなさい」とアドバイスを受けたそうです。これほど先見の明があるアドバイスはなかったと思われます。

先生の研究に挑戦しよう!

・数学や物理と化学のあいだで成し遂げられてきた分野融合性が高い化学研究を調べてみましょう(例:イリヤ・プリゴジン先生(ノーベル化学賞1977年)の化学反応と散逸構造、福井謙一先生(ノーベル化学賞1981年)のフロンティア電子軌道理論)。化学=暗記の学問という意識が一変すると思います。

・情報理論を少し学んでみて(インターネットで調べてみると高校の数学クラブでも行っているらしいです)、それを化学のどういう問いに応用できるかをみんなで知恵を持ちよって議論してみましょう。異分野を融合することの面白みを培ってみましょう。

中高生におすすめ

部分と全体 私の生涯の偉大な出会いと対話

ヴェルナー・カルル・ハイゼンベルク:著 山崎和夫:訳(みすす書房)

量子力学という、現代の科学技術に欠かせない学問の基礎原理を建立した、ドイツの偉大な理論物理学者ハイゼンベルク。この本は、31歳でノーベル物理学賞を受賞した彼の量子力学と哲学、言語の関係を絡めながら、自身の高校時代を述懐しながら考察している名著。内容は単なる物理学に留まらず、化学、哲学、言語に及ぶ壮大な考察で、物理学者を目指す人々の指標になっている。


だれが原子をみたか

江沢洋(岩波現代文庫)

「化学」が難しい理由は、原子・分子が見えなかったことにある。原子の実在が実証されたのは、ニュートン力学が誕生してからなんと200年後のことであった。本書は、原子の存在がどのように認められたのかが、高校生にわかるように書かれた名著。

「物理学、数学は好きだけれど高校の化学は暗記だけでつまらない」と思う人は、本書を是非読んでみてほしい。実は、化学の背後にある理論を理解するには高校の物理、数学では足らないため「化学=暗記」と感じているだけかも知れない。 


生命とは何か 物理的にみた生細胞

シュレーディンガー:著 岡小天、鎮目恭夫:訳(岩波文庫)

著者のシュレーディンガーは、量子力学における波動力学を確立した功績で、ノーベル物理学賞を受賞した理論物理学者。本書では、熱揺らぎの考察から生命体のサイズの必要性まで、物理学や化学からわかりやすく説明されている。高校の化学、生物が暗記だけでつまらないと思う、物理学、数学好きな人に勧めたい。 


現代化学史 原子・分子の科学の発展

廣田 襄(京都大学学術出版会)

ギリシャ時代からごく最近の現代までを広く見渡す化学の全体史は、この書籍以外にあまり類をみない。著者は、長年物理化学の分野で仕事をしてきた。その業績は高く評価されている。

特に、化学反応が進行しているミクロの世界を知ろうとして、量子化学という物理と化学を融合した新しい学問に出会えることが魅力の1つだ。化学の発展に大きく貢献した25人にスポットを当てたコラムも面白い。


先生に一問一答
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?

難しい質問ですが、敢えていうならば、やはり自然科学(物理、化学、生物)ですね。ただし、生物を最初に学ぶとどれだけ生物の存在自体が不思議であるかを物理や化学の立場からの強烈なイメージはもちづらいと想像します。現在の記憶を持ったまま過去に戻れるならば経済学でしょうか。

Q2.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? 

アメリカでしょうか。私自身、30代前半2年半近くシカゴで研究生活を経験しました。世界中から人が集まっている国であり、研究者はみな平等でいわゆる年齢による上下関係も殆ど存在しないように思います。

Q3.研究以外で楽しいことは?

旅先の見知らぬ街でのジョギング


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