地域研究

マレーシア

漫画『カンポンボーイ』『タウンボーイ』の翻訳を通してマレーシアと日本の文化的架け橋になる


左右田直規先生

東京外国語大学 国際社会学部 国際社会学科 地域社会研究コース(大学院総合国際学研究科 世界言語社会専攻)

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ラット『カンポンボーイ』(東京外国語大学出版会/ITBM)


◆先生のご研究が、「マレーシアの漫画の日本語訳出版」という形につながりましたが、その経緯について教えていただけますか?

マレーシアを代表する漫画家、ラット氏の作品の日本語訳を出版することになった直接のきっかけは、マレーシアの政府系出版社であるマレーシア翻訳書籍センター(ITBM)から「日本人読者にマレーシアを知ってもらうのにふさわしい本の翻訳出版をしたい」と相談されたことです。

私の専門は東南アジア地域研究で、マレー民族意識の形成史を中心に、マレーシア近現代史について研究してきました。漫画やアートについては素人同然でした。ただ、若い頃からラット作品の愛読者で、彼の魅力的な数々の作品を楽しみながら、マレーシアの社会や文化の豊かさと、その変化を感じ取ってきました。

東京外国語大学で教えるようになってからは、マレーシアの言語と社会を学ぶ学生たちに、マレーシアを理解する最良の入門書としてラット作品を薦めてきました。そこで、ITBMから相談があった時、ラット作品の新訳の出版を提案し、東京外国語大学出版会との共同出版が実現することになりました。

まず、代表作である『カンポンボーイ』の日本語訳を出し、ご好評をいただいたため、続編である『タウンボーイ』の翻訳出版へと繋がりました。

◆翻訳された作品について教えてください

『カンポンボーイ』は、1950年代のマレー人村落で生まれ育った1人の男の子の成長物語です。彼を取り巻く家族や親戚、友達、隣近所との付き合い、小学校生活、イスラームの信仰や儀礼、伝統や慣習、そして近代化の影響か、あますことなく生き生きと描かれています。

『タウンボーイ』では、中・高校生に成長した主人公と、多民族からなる親友・悪友たちとの交友や淡い初恋が主旋律を奏でつつ、併せて60年代のマレー半島の地方都市の学校生活や大衆文化が活写されています。現在の日本とは大きく異なる部分も多いですが、それと同時に、時と場所の違いを超えて、驚くほど似ているところも見出すことができます。

◆「漫画」からも、その土地の文化や社会背景を読み取ることができるのですね

これらの作品からは、1950年代から60年代のマレー半島の村落と都市の社会史を学ぶことができます。それをビジュアルに表現したという意味で、第一級の画像史料です。また、これらの作品が出版された1970年代末から80年代初頭頃の、マレーシアの急速な社会の変化がもたらした「過去への郷愁」の高まりを見出すこともできるでしょう。

ラット『タウンボーイ』(東京外国語大学出版会/ITBM)
ラット『タウンボーイ』(東京外国語大学出版会/ITBM)
SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

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多民族・多宗教・多言語国家であるマレーシアは、様々な問題や軋轢を抱えながらも、一定の平和とそれなりの包摂性を実現してきました。

マレーシアの国家・国民形成には優れた点も問題点もあり、過度に理想視する必要はありませんが、これまでのマレーシアの歩みから「平和と公正を全ての人に」という課題の解決に向けて、考えるヒントを得ることはできるでしょう。

この道に進んだきっかけ

小さい頃から世界地理が大好きで、世界の出来事に関心を持っていました。大学生として過ごした1989年から93年までは、ヨーロッパの激動の時代でした。1989年の東欧革命、1990年の東西ドイツ統一、1991年のソ連崩壊によって、ヨーロッパの社会主義圏が解体されました。

これらの国々ではナショナリズムが強まり、旧ユーゴスラビアなどでは民族紛争が勃発しました。他方、身近なアジアに目を転じると、ユーゴスラビアと同じく典型的な多民族国家といわれたマレーシアでは、民族紛争が表面化せず、それなりに調和が保たれているように見えました。なぜなのか?この素朴な疑問が、マレーシアを研究してみようと思ったきっかけです。

どこで学べる?
もっと先生の研究・研究室を見てみよう

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マレーシア・ペラ州のラットさんのご自宅で ラットさん(左)と左右田先生

学生はどんな研究を?

私のゼミは、東南アジアの現代社会や歴史を、それぞれの地域の視点から理解することを目的としています。ゼミ生たちの研究テーマは、民族・国民形成、宗教、現代政治、家族・ジェンダー、教育、都市社会、移民、観光、マスメディア、日本・東南アジア関係など、多岐に渡っています。例えば、最近の卒業論文の題目には以下のようなものがあります。

・外国人技能実習制度―インドネシア人技能実習希望者の視点と、日本の労働移民政策への含意

・インドネシア・ジョグジャカルタにおける、町内会規模の環境保護活動―現状と今後の可能性

・グローバル化がインドネシア人女性のファッションに与えた影響

・ステヴィンの都市計画モデルのバタヴィアにおける適用―洪水リスクへの適応を中心に

・文化遺産保護と観光―世界遺産都市マレーシア・ジョージタウンにおける、ストリートアートの役割

「頭脳流出」から「頭脳循環」へ―マレーシア・シンガポール・オーストラリアにおける、高度人材獲得への取り組みに関する比較研究

・シンガポールの徴兵制度―ナショナル・サービスに対する国民の意識

・フィリピン人介護従事者の長期雇用を実現するためには―EPA介護福祉候補者と技能実習生を受け入れ事例として

・ヤンゴン市内における、植民地遺産の保全と活用―旧ビルマ政庁の過去・現在・未来

・アウンサンスーチー政権下のビルマ語新聞―『ディーウェーブ』『ミャンマーアリン』『ユニオンデイリー』の比較内容分析

学生はどんなところに就職?

◆主な業種

・自動車・機器、その他の輸送用機械・機器

・精密機械・機器

・通信、交通・運輸・輸送

・金融・保険・証券・ファイナンシャル

・商社・卸・輸入

・小売(百貨店、スーパー、コンビニ、小売店等)

・外食・娯楽・サービス等、ホテル・宿泊・旅行・観光

・マスコミ(放送、新聞、出版、広告)

・コンサルタント・学術系研究所

・官庁、自治体、公的法人、国際機関等

◆主な職種

・コンサルタント(ビジネス系等)

・商品企画、マーケティング(調査)

・経理・会計・財務、その他税務・金融系専門職

・人事・労務・研修、その他人事系専門職

・総務、営業、営業企画、事業統括

・宣伝、広報、IR

・サービス・販売系業務

・一般・営業事務

・調達、物流、資材・商品管理

◆学んだことはどう生きる? 

卒業生たちの進路は多彩です。東南アジア諸国と直接つながりのある分野で活躍する卒業生もいます。


例えば、運輸会社に就職し日本とマレーシアの間の輸送業務に尽力する卒業生、自動車会社に就職しタイの現地法人で奮闘する卒業生、旅行代理店に就職し東南アジア各国へのツアー業務を任されている卒業生、政府系機関で東南アジア諸国への貿易・投資の分析を行う卒業生などがいます。

東南アジア諸国との直接な関わりを持たない業種・職種に進んだ卒業生も、東南アジア地域研究を通じて身に着けた、問題発見力と異文化理解力を生かして、それぞれの道で力を発揮してくれています。

先生からひとこと

私が専攻する東南アジア地域研究をはじめとして、地域研究は、生身の人びとが暮らす具体的な地域から、世界の諸問題を発見し、理解しようとする「顔の見える」学問です。

異文化とのわくわくするような出会いは、皆さんの視野をぐっと広げてくれることでしょう。ぜひ、皆さんも一緒に学びましょう!

中高生におすすめ

カンポンボーイ

ラット:作 左右田直規:監訳 稗田奈津江:訳(東京外国語大学出版会)

マレー半島(現在のマレーシアの半島部)で生まれ育った作者ラットの、自伝的な漫画。1950年代のマレーの農村での、作者の少年時代の日常生活がとても生き生きと描かれており、ユーモラスに描かれた個性的な登場人物たちには吹き出しそうになる。

同時に、村の背景が信じられないほど丁寧かつ細やかに描き込まれていることに驚かされる。娯楽漫画として読んでも最高に愉快だが、1950年代の農村の生活世界を知る第一級の画像史料としても、数多くの貴重な発見を得ることができる。マレーシアの歴史と社会を理解する上での最良の入門書。続編の『タウンボーイ』も読んでほしい。


私とは何か 「個人」から「分人」へ

平野啓一郎(講談社現代新書)

「本書の目的は、人間の基本単位を考え直すこと」である。人間をこれ以上分けられない「個人」(individual)として捉えるのではなく、より小さな複数の「分人」(dividual = 著者の造語)のネットワークとして考えてはどうか。

たったひとつの「本当の私」など存在せず、対人関係ごとに見せる複数の顔=「分人」の同時進行のプロジェクトとして「私」を柔軟に捉えてはどうか。著者はこのように提案する。

著者のように人やものごとを関係性の中で見つめ直し、多元的に理解することで、「自分」だけでなく、自分をとりまく「社会」や「地域」の見え方も変わってくるだろう。人間関係に悩みがちな人に、ぜひ薦めたい。


社会を変えるには

小熊英二(講談社現代新書)

社会を変えるための方法を探る実践の書であり、「社会」とは、「社会運動」とは、「民主主義」とは何なのかを根本的に問う、社会科学のすぐれた入門書。著者は日本のナショナリズムや社会運動に関する大著を何冊も書いてきた学者であるとともに、反原発デモなど社会運動にも関わってきた。

最初は本の厚みにひるむかも知れないが、論理が明確なので意外と読み通すことができるだろう。自分たちの社会を知りたい、社会を変えたいと考えている人に、思考の基盤を築いてくれる一冊。


北朝鮮へのエクソダス 「帰国事業」の影をたどる

テッサ・モーリス=スズキ:著 田代泰子:訳(朝日文庫)

国際関係の大きな物語と、普通の個人の小さな物語との交錯を、生き生きと描き出した名著。

1959年12月から始められた、在日朝鮮人の北朝鮮への「帰国事業」をめぐる、日本、北朝鮮、韓国、アメリカ、ソ連、中国、赤十字社など、様々な国家や組織の利害や思惑と、(多くが半島南部出身者だった)在日朝鮮人の「帰国」にまつわる個別の事情や思いとの絡み合いが、著者の手で丹念に解きほぐされている。国際関係を身近な問題として考えたいという人に薦めたい。


先生に一問一答
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?

どの学部に入っても、結局は地域研究をするような気がします。マレーシアをもう1度研究してもよいし、何かご縁があれば、別の国や地域でも構いません。

Q2.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? 

マレーシア。実際に暮らしてみて、肌に合ったので。

Q3.大学時代の部活・サークルは?

弓道部。一向に上達しませんでしたが、弓を引くことは好きでした。


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