通信・ネットワーク工学

信号処理

激増する通信量・流動的な通信環境に対応できる通信技術に数学で挑む


湯川正裕先生

慶應義塾大学 理工学部 電気情報工学科(理工学研究科 総合デザイン工学専攻)

出会いの一冊

逆問題の考え方 結果から原因を探る数学

上村豊(ブルーバックス)

未だ実現していない道具で次に実現するのはどれだろうとか、自分が将来これを実現しよう、そのために今の科学技術に足りないものはなんだろう、何を勉強すれば実現できるかなとか、空想してみるのもよいかもしれません。実現に向けた具体的なイメージが見えてきたら、ワクワクしてくるでしょう。正解はないので、今の高校生の想像力に期待しています。

私の専門である信号処理・機械学習の根幹にあるのは数学(数理最適化)です。実現したいものはあるけど、何を勉強したらよいかわからない人は、数学を勉強してください。その先には、奥深い数学と現実世界の応用が広がっています。そしてきっと、実現されるのを待って眠っている「ひみつ道具」が。。。

『逆問題の考え方』には、数学とサイエンスのつながりが具体的に記述されています。「数学を勉強して何の役に立つんだろう?」と思ったことがある人もいるはずです。現段階で詳細まで理解できなかったとしても、高校数学が将来何の役に立つか、具体的に知る一つの機会になるでしょう。

こんな研究で世界を変えよう!

激増する通信量・流動的な通信環境に対応できる通信技術に数学で挑む

扱える電波の数を増やすために

モノとモノをつなぐMachine to Machine (M2M) 通信が、自動運転・ホームオートメーションなどを実現するキーテクノロジーとして注目され、今以上に通信量が増加していくことが見込まれています。大勢の人が話す雑踏の中で特定の人の声を聞き取るのが困難であるように、通信量が多いと一般に通信が難しくなります。

学生の頃、花火大会や災害時など、大勢の人が一箇所に集中する状況でも、みんなが安定して通信を利用できたらいいなと考えたことがありました。私達人間は、音が左右の耳に届くまでの時間差を利用して音源の方向がわかります。

これと同じようにして、複数のセンサー(受信アンテナ)を配置することで異なる方向から来る電波を区別するアレイ信号処理という技術があります。指数関数を応用することで、扱える電波の数を増やせることが今世紀初頭に示されました。この時、指数関数の増加速度を決める定数(パラメータ)が性能に大きく影響することがわかっていました。

適切なパラメーターを自動選択するには

私の疑問は、このパラメータをいつでも適切に決められるのだろうかという点でした。通信環境がずっと変わらなければよいですが、現実世界では、環境は常に流動的です。そこで、このパラメータを計算機で学習しようとすると、今度は局所最適解(狭い範囲でのみ最強である「お山の大将」的な解)と呼ばれる問題が生じてうまくいかなくなってしまいます。

この打開策として、複数のパラメータ候補の中から、ちょうど良いものを自動で選択し、環境変化にも適応できる学習パラダイムを世界に先駆けて提案しました。この提案では、「スパースモデリング(※1)」と「凸最適化(※2)」という強力な数学を使いました。
※1ニュースで話題になったブラックホールの撮影にも使われた手法
※2信号・画像処理、機械学習、データ科学、金融工学など、幅広い領域で用いられている応用数学分野

ドイツの研究所と共同研究、既に成果も

この研究の価値に早くから理解を示していただいたフラウンホーファー研究所(ドイツ)とは、今でも共同研究を続けており、既に大きな研究成果がいくつも生まれました。この提案技術の適用範囲は、ここで述べた通信技術にとどまりません。今でも研究室で学生や企業の方と、新しい応用とそれによる未来を夢見て、研究を推進しています。

研究紹介で触れた学習パラダイムの核となる数式です(IEEE Transactions on Signal Processing 2015年11月号に掲載された論文より抜粋)。高校で学ぶ「漸化式」のように見えるかもしれません。この式は、新しく観測されたデータに合致するベクトル集合への射影(正射影と基本的な考え方は同じです)を利用して、今の環境に適した解へ修正していく更新式(アルゴリズム)になっています。長年、当研究室と共同研究を実施してきたFraunhofer HHI研究所が、提案アルゴリズムによって、実際に信号を解析する装置を開発しました。写真は、複数のアンテナから送信された信号を受信し、受信信号を提案アルゴリズムによって解析する信号処理装置です。このように、高校で学ぶ数学は、私達の生活のありとあらゆるところで利活用されています。
※当研究室には、写真のような装置はありません。
研究紹介で触れた学習パラダイムの核となる数式です(IEEE Transactions on Signal Processing 2015年11月号に掲載された論文より抜粋)。高校で学ぶ「漸化式」のように見えるかもしれません。この式は、新しく観測されたデータに合致するベクトル集合への射影(正射影と基本的な考え方は同じです)を利用して、今の環境に適した解へ修正していく更新式(アルゴリズム)になっています。長年、当研究室と共同研究を実施してきたFraunhofer HHI研究所が、提案アルゴリズムによって、実際に信号を解析する装置を開発しました。写真は、複数のアンテナから送信された信号を受信し、受信信号を提案アルゴリズムによって解析する信号処理装置です。このように、高校で学ぶ数学は、私達の生活のありとあらゆるところで利活用されています。
※当研究室には、写真のような装置はありません。
テーマや研究分野に出会ったきっかけ

好きだった「音楽」とのつながりから「音響信号処理」に関するテーマで卒論を書いたのがきっかけでした。研究をしていくうちに、研究していた数学的手法の持つポテンシャルに強く興味を持つようになり、「音」から「数学的手法」へと興味が移っていきました。

高校までに習う数学の中で省略されていた「極限」が、大学に入ると厳密に議論されるようになります。とは言え、講義の時間数は限られていますので、大学で習う全ての講義が細部まで厳密に議論されるとは限りませんが、それでも卒業するためには、試験に合格して単位を取らないといけません。

でも研究室に配属された後は違いました。講義のように時間が決まっているわけでなく、朝から晩まで、一日中、好きなことを勉強していられる、そういう環境でした。正直、大学時代は競技ダンスに多くのエネルギーを割いていたので、勉強にはむらがありましたが、筆者が出会った「凸解析」は、全てが糸を紡ぐように緻密な議論から成り立っていて、隅々まで理解できたという満足感を味わうことができました。

振り返ってみると、時間をかけて得られる達成感がくせになり、研究の世界に入っていったのだと思います。

最新の研究成果は、学術論文で詳細を発表する前に、世界各地で開催される国際会議でアイデアを発表するのが通例です。研究成果を発表し合うことで研究者同士の交流が生まれ、共同研究につながることもあります。研究動向を調査しながら、非日常な環境の中で頭をフル回転させ、研究の新しい方向性を見つけ出します。2023年はロドス島(ギリシャ)で信号処理の国際会議が開催されました。写真は、駆け出しの頃、日本人にも馴染みのあるサントリーニ島で開催された国際会議に出席した時の想い出深い写真です。
最新の研究成果は、学術論文で詳細を発表する前に、世界各地で開催される国際会議でアイデアを発表するのが通例です。研究成果を発表し合うことで研究者同士の交流が生まれ、共同研究につながることもあります。研究動向を調査しながら、非日常な環境の中で頭をフル回転させ、研究の新しい方向性を見つけ出します。2023年はロドス島(ギリシャ)で信号処理の国際会議が開催されました。写真は、駆け出しの頃、日本人にも馴染みのあるサントリーニ島で開催された国際会議に出席した時の想い出深い写真です。
先生の研究報告(論文など)を見てみよう

「モデル選択に基づく非線形推定による革新的適応信号処理分野の開拓」

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学生たちはどんなところに就職?

◆主な業種

(1) ソフトウエア、情報システム開発

(2) ネットサービス/アプリ・コンテンツ

(3) コンサルタント・学術系研究所

◆主な職種

(1) 基礎・応用研究、先行開発

(2) 設計・開発

(3) システムエンジニア

◆学んだことはどう生きる?

先生の学部・学科は?

AI(人工知能)や IoT(モノのインターネット)などは、様々な社会問題を解決し、人々の暮らしを豊かにすることが期待されています。これらの科学技術には、電気回路を基礎とする「エレクトロニクス(電子)」、そして、それを利用して様々なデータを解析する「インフォマティクス(情報)」が欠かせません。これらに加えて、「フォトニクス(光)」も未来の信号処理の可能性を拡げる重要な分野です。

私のいる電気情報工学科では、これら3分野で最先端の研究をしている専門家が教員として在籍していますので、これらの分野の基礎を総合的に学んだ上で、いずれかの専門分野を選択することができます。

信号処理・機械学習分野では、高度な数学が使われています。大抵は、これを独学で勉強することになりますが、当学科では、このような高度な数学を勉強していくための下地を造る講義も提供しています。

先生の研究に挑戦しよう!

中高生におすすめ

ドラえもん

藤子・F・不二雄(てんとう虫コミックス)

「ひみつ道具」は、当時小学生だった私をいつもわくわくさせてくれました。空想上の「ひみつ道具」が自分の生きているうちに実現するなんて、想像もできませんでしたが、既に多くの「ひみつ道具」が実現していることを考えると、(インターネットもなかった時代の)作者の情報収集能力と想像力には驚かざるを得ません。

一問一答
Q1.学生時代に/最近、熱中したゲームは?

ドラクエ(小学生時代)

Q2.大学時代の部活・サークルは?

競技ダンス

Q3.研究以外で、今一番楽しいこと、興味を持ってしていることは?

ラテアート

Q4.好きな言葉は?

努力は裏切らない


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