第8回 [討論後編]<最終回>
少年法適用は何歳までが、実は妥当? 脳科学的には30歳で成熟

Dくん:親・先生の理解が高くなっているようなのに、なぜ自傷や自殺が減らないのですか。
土井先生:自殺には、不満が背景にあるものと、不安が背景にあるものが考えられます。これは個人の動機の話ではなく、社会的な原因の話です。社会から不満が減ってくると、そのタイプの自殺も減ってきます。人は不満を直接の動機に自殺に走るわけではありませんが、不満の強い社会で何かに躓いた人は、その躓きを過大視しやすいからです。
ところが現在の社会では、不満ではなく不安が広がるようになっています。その分だけ、自殺の傾向も変わってくるということです。自傷についても同様のことが言えるでしょう。世代間の対立構造がなくなり、人間関係がフラットになって、また価値観も多様化して、生き方が自由になればなるほど、不満は減りますが、今度は不安が高まります。それが昨今の自傷や自殺の背景にあるのではないでしょうか。
ドイツの社会心理学者エーリヒ・フロム『自由からの逃走』には、第1次大戦で敗北し、賠償問題や不況・失業にさらされたドイツ国民が、当時の憲法で享受していたはずの「自由」を重荷と感じるようになり、ナチスの全体主義を招いたと書かれています。個人の自由を享受する喜びと、ときに自殺を招くような不安感とは、実は表裏一体と言えます。
Hくん:少年法の年齢が引き下げられ、18・19歳を成人に入れると、実はほとんどは処罰もされないし、矯正教育でケアされなくなるという、先生の話はショッキングでした。土井先生ご自身、少年法は何歳にすれば一番いいという意見ですか。
土井先生:最新の脳科学の知見では、人間の衝動を抑える「前頭前野」が成熟するのは20代後半から30歳だと言われています。だから若い人たちは冒険やリスクを好むのですが、それがチャレンジ精神の源となってきた面もある一方で、逸脱行動に駆り立てられやすい面もあると言えます。
このような観点に立つなら、20~30代を完全に大人扱いにするのではなく、ドイツのような青年法を設けてもよいのではないかという意見もあります。その場合、もちろん適正手続の保障は大切でしょう。そうでないと、これまでの少年法ではないがしろにされ、成人には認められていた諸々の権利が逆に侵害されることになります。いずれにしても、処罰より更生に重点を置いた処遇が必要です。
Aくん:処罰を厳しくすることが犯罪の予防効果になるということも言われますが、どういう指標でできているのでしょうか。
土井先生:わかりやすく死刑存廃論議で話をしてみましょう。死刑は、凶悪犯罪を抑止する威嚇効果があるとされますが、実際にその効果はわかりません。社会科学は実験ができないので、確かめようがないのです。しかし、死刑制度のある国とない国を比較することで間接的に推測することはできます。それによると、死刑を廃止した国のほうが、逆に犯罪率は下がっているというデータがあります。もちろん因果関係は逆の場合もありうるので、厳密には言えませんが、それでも死刑の抑止効果はあまり高くないといえるでしょう。
今後は、少年法だけでなく、民事法の成人年齢を引き下げようという議論も出てくるはずです。皆さん自身の世代の問題として、ぜひ真剣に考えていただきたいと思います。
おわり

人間失格?~「罪」を犯した少年と社会をつなぐ
土井隆義(日本図書センター)
少年たちはなぜ罪を犯すのか? その罪は彼らだけの責任なのか? 罪を犯してしまった彼らは人間として失格なのか? 「少年犯罪」の動向と、それを取り締まる側の分析を通して、現代社会のありようを考察した本です。逸脱した少年たちとのつながりの糸を、あなたは紡ぎますか? それとも断ち切りますか? 彼らとどのように向き合うべきなのか、皆さんご自身の問題として考える際の参考にしてください。本書は、読売新聞、毎日新聞、日本経済新聞、産経新聞、週刊金曜日、朝日中学生ウィークリー、ダヴィンチなどでも紹介されました。
若者の気分~少年犯罪〈減少〉のパラドクス~
土井隆義(岩波書店)
近年、少年犯罪は減少しています。それは一見望ましい現象に見えますが、それが他面でどのような問題を孕んでいるのかを考察した本です。皆さんご自身の問題として読んでいただけたらと思います。
時計じかけのオレンジ(映画)
スタンリー・キューブリック:監督
アンソニー・バージェスのディストピア小説を映画化したものです。社会が犯罪者の内面を統制しようと企てるとき、いったいどのようなことが起こるのか。統制とは何かを考えさせられる映画です。DVDでご覧になれます。