第1回:政治とは、有限な資源の権力による配分
私は慶應義塾大学大学院のシステムデザイン・マネジメント研究科で政治学の研究をしています。学部時代は慶應義塾大学の文学部人間関係学科で社会学を専攻していました。
大学院に進んだのは、私が大学4年生のときが就職氷河期だったこともあります。政治学を学ぶことにしたのは、将来、選挙や政党のキャンペーンをする仕事に就きたかったためです。選挙の当落や政党の支持率は、政策を人の心に訴えかけられるかどうかに左右されますので、大学院では、選挙に関する人の心について研究しました。ところが研究が面白くなり、研究者の道に進みました。
政治学の研究者といっても、政局や次の総理大臣は誰かといったことではなく、私は「人々にとって政治とは何であるか」や、メディアが私たちの政治意識や政治行動にどのような影響を持っているかに関心があります。
さて、第1回は、政治とは何かについてお話しましょう。
まず、アメリカのデイヴィッド・イーストンという政治学者は「政治とは、資源の権威的配分である」と言っています。
資源というのは、限りあるリソースのことです。お金、大学の入学者定員、企業の採用枠、住みたい町、私たちが欲しいものはたいてい有限です。有限な資源は人々で配分しますが、権威的に配分するのが政治だと言うわけです。
では、権威とは何でしょう。権威というのは、権力が行使される状態か、権力の行使が認められている状態を指します。すると次に、権力とは何かということになります。
皆さんは、高校の先生の言うことは聞くと思います。「静かにしてください」と言われたら静かにします。なぜ言うことを聞くのかといえば、成績をつけるとか、大学入試の内申書を書くなど、先生が皆さんに対して何かしらの権力を持っているからでしょう。
ほかに、ご両親の言うことも聞くと思います。これは、ご両親が皆さんの生活の面倒をみてくれるからです。警察官の言うことも聞きます。また、クラスにはリーダー的な人や目立つ人がいて、その人の言うことには従わざるを得ないような気がするかもしれません。これも権力です。
権力というのは、AがBに、Bの嫌がることをさせる力、すなわち強制力のことです。