哲学・倫理学

臨床哲学

医療現場にこそ、哲学的対話を


西村高宏先生

福井大学 医学部 医学科

出会いの一冊

対話のレッスン

平田オリザ(小学館)

<対話>は、一方的に自分の価値観を主張し、その価値観と論理によって相手が説得され、強引な合一化が果たされることを最終的な目的とする、ディベート(討論)とは決定的に異なるものです。むしろ「対話は、自分の価値観と、相手の価値観をすり合わせることによって、新しい第三の価値観とでもいうべきものを作り上げることを目標としている。だから、対話においては、自分の価値観が変わっていくことを潔しとし、さらにはその変化に喜びさえも見いだせなければならない」。

そういった<対話>の困難さと魅力を、劇作家で演出家の著者が、魅力的な言葉遣いを通して明らかにしてくれています。いつも同じ価値観の仲間とばかりの会話に明け暮れている人には、特におすすめの一冊です。

こんな研究で世界を変えよう!

医療現場にこそ、哲学的対話を

私の身体は、私の自由にしていいのか

私たちの日々の生活は、まさに哲学的な問いに溢れている場と言えます。「この身体は私のものだから、当然私の自由にして良い」と言い切れるのか。あるいは、そもそも人生に意味などあるのか、自殺は許されない行為なのか、何のために私たちは働くのか、人間らしい死とはどのような死なのか、人間の尊厳とは何か、快楽を追求するのは良くないことなのかどうか。

私たちは、通常それらについて、なんとなくわかっている(自分の考えを持っている)ような気がしていますが、いざ改めて尋ねられると、途端にそれらについて明確に説明できないことに気づかされます。

老いや介護、尊厳死、出生前診断など様々な問題

中でも、医療やケアの現場は、人々の苦しみが顕著に表れてくる場であるが故に、特に哲学的な思考が求められている場とも言えるのではないでしょうか。

老いや介護、そして先端医療技術の進歩にともなう“いのち”の取り扱いの是非をめぐる哲学・倫理的な諸問題(脳死からの臓器移植や安楽死・尊厳死の問題、ターミナル・ケア、出生前診断、重症新生児の治療停止、胎児細胞の治療・研究への利用、不妊治療、再生医療)など、医療やケアに関わる領域では、様々な解決困難な問題が生じてきています。

患者や医師という立場を超え、対話の場

このような問題意識のもと、私は現在、様々な医療現場のうちに哲学的な対話の場をきめ細かく射し込んでいくために、「臨床哲学」という、より実践に軸足を置いたアプローチを採りながら、いくつかの病院やクリニック(場合によっては公共施設)などにおいて、医療従事者や患者(利用者)さんとそのご家族、さらには一般の市民の方々も交えた「哲学対話」の試みに乗り出しています。

医療現場において患者さんや医療スタッフの立ち位置を超えた「対等性の作法」に基づいて丁寧な対話の場を拓くことができれば、〈病〉を通して誰もが向き合わざるを得ない、人生における困難な問いかけや課題に粘り強く臨んでいける重要な機会を得ることができるのではないでしょうか。

なかなか成果の見えにくい、一見回り道のようにさえ思われる試みかもしれません。ですが、この活動によって医療の現場が患者さんにとってだけでなく、社会全体にとってより健やかな場になればと願っています。

医療従事者や医学生、さらには一般市民を交えて行なった医療とケアに関する哲学対話 (てつがくカフェ「医療とケアを問い直す」)の一風景
先生の専門テーマ<科研費のテーマ>を覗いてみると

「医療現場における「哲学的対話実践」モデルの構築」

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哲学対話の流れを可視化し、参加者どうしで丁寧に共有するための仕掛けとして毎回行なっているグラフィック(板書)。 グラフィックを書いているのは、私の活動に協力して下さっている、福井医療大学の近田真美子先生(看護教員)です。
中高生におすすめ

聴くことの力 臨床哲学試論

鷲田清一(阪急コミュニケーションズ)

私たちは、日常生活において、特に相手の考えを「聴く」という作業が苦手です。自分では他人の話を聴いていると思っていても、実際のところはほとんど聴いていないということは、よくあることです。例えば、相手の辿々しい語りが終わるのをジリジリとして最後まで待ちきれず、話を強引に遮って、あなたが言いたいことはこれですよね、といった形で相手の言葉を自分自身の言葉遣いや気の利いた専門用語などへと変換し、それを再び相手の前に差し出してしまうことすらあります。

目の前の人が、なぜあえてその言葉を選んで自分自身の考えを述べようとしているのか、そういった繊細な配慮に無頓着な状況の中で、個々人の経験に裏打ちされた豊かな人間関係が成立することなどまずありえません。<対話>においても最も重要とされる作法は、この「聴く」という態度にこそあるといっても過言ではないと思います。本書は、そういった「聴く」という態度の重要性を、医療やケアの現場のうちに幅広く探り当てようとする名著です。


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