彫刻の視点から触れて鑑賞!障がいのある人にも「わかりやすい」美術展示
どうして、彫刻は触れられないの?
皆さんは美術館に行った時、「触らないでください!」と言われたことはありますか。私はあります。恥ずかしながら、しょっちゅうです。
私は彫刻を作り、大学の教育学部でも教師を目指す学生に立体制作の面白さを伝える仕事をしているのですが、いつも「この木はどこで何年生きていたのかな」、「この石はどこでどのように長い時間を過ごしてきたのだろう」、「金属はドロドロに溶かされた時、キラキラと煌いていたのかな」と想いを馳せています。きっとその作品の作者も、素材の魅力を常に体感して、何もないところから作品を生み出していたのだと思うからです。
その気持ちを追体験し、手触り・温度・匂い・湿度を感じながら、じっくりと鑑賞することは、作品を理解する上で私たちに新たな視点を示してくれます。
実際に、目を閉じて木彫作品を鑑賞すると、柔らかく暖かい木の年輪の起伏を指先で追うことで、その作品に込められた時間を感じ、ノミの起伏に突き当たると、彫っていた作家の息づかいまで感じられます。ざっくり言うと、今私が試みているのは、美術の「触らないで」を、逆に「じっくり触ってみたら」という取り組みです。
「絵は目が見えなければ鑑賞できませんよね」
大学で教える前、東京藝大彫刻科を修了した直後に美術館で学芸員をしていました。小・中学校の生徒さんも多く鑑賞会に来てくれる、地元に愛される美術館でした。
ある日、担当していた彫刻展示の鑑賞申し込みが視覚特別支援学校からあったのですが、著作権者からの許可が下りても、触れて鑑賞してもらえる彫刻の数はとても少なかったのです。私は彫刻の魅力を伝えたい気持ちと、作り手の両面の顔があったので、強くもどかしさを感じました。
そのような経験もあって、大学で教鞭を取るようになってからは、彫刻に触れて鑑賞しようという「手でみる彫刻展」を、近隣の大学や図書館・美術館と連携しながら学生さんと一緒に開催しています。
小さな子どもや障がいのある人も楽しめるように点字を用意したり、制作に使う映像を会場で流したり、と自分たちなりに工夫はしてみたのですが、視覚・聴覚両方の障害を抱える方が鑑賞にいらっしゃった時に「彫刻は触れられるから良いですね。絵は目が見えなければ鑑賞できませんよね。」という感想をいただきました。その言葉が、次の研究のきっかけにつながりました。
絵の横に立体レリーフや点字資料を置く試み
その後、他大学の先生が声をかけてくださったイタリア彫刻の鋳造法の研究でイタリアの美術館へ調査に行く機会をいただき、訪問した美術館で大きな気づきがありました。そこでは名画の横にその絵の立体レリーフや点字資料が併設されていたのです。その完成度に驚くとともに、「絵」に触れて鑑賞する方法の一つが見つかりました。現在はそのレリーフを作っていたイタリアのアンテロス美術館に全面協力いただき、山梨県内の作品を元に、日伊共同プロジェクトが始動しています。
先行研究者や美術館学芸員の助言や彫刻家の協力がなくてはできない取り組みですし、日々学ぶことが多いです。また、一言で「見えない状態」と言ってもその人の経験や障がいの種類によってもまったく感じ方が違うので、その分野の助言者の重要性も感じています。視覚支援学校の児童・生徒さんとの造形活動協力も、そうした視点からも学ぶことが多く、継続して連携していただいています。
障がいのある人への配慮は、すべての人への配慮につながる
また、この取り組みを始めた頃、出産した子どもの目が開きませんでした。私も「初めてのお母さん」で、その困難さに心底戸惑いました。今は手術で目も開き、視力も回復してきましたが、普段「当たり前」と思っていることは実は「当たり前でないこと」を改めて感じ、鑑賞する人の気持ちを大切にしたいと考えるきっかけにもなりました。「障がいのある人にわかりやすい取り組み」は、実は「みんなにわかりやすい取り組み」につながると感じています。
分野を横断する研究は日々学びの連続です。協力者や協力館、そして新鮮な意見をくれる学生たちから刺激を受けて続いています。一緒に考え、学び合える仲間が増えていくことで、多様な人が生きやすい「当たり前」が緩やかに変化してくることを願います。
鑑賞対象の限られた美術表現に対し、多様な個性の人も美術を楽しむ機会を増やし、その方法を国内外の協力者や地域の人と考えることで、社会の中での普及に努めることができると考えています。
「地域連携による触覚鑑賞ツールについての調査・開発研究」
◆講義初回には
身近なところから美術についての関心を持って欲しいので、美術作品に限らず「美しいと思うものは何ですか」という題で、自己紹介がてら学生にスピーチしてもらっています。授業で担当しているのは彫刻の実技指導が中心です。土を捏ね、木を彫り、金属を流し込んで、手で自然素材の感触を確かめながら形づくる内容です。発表や鑑賞はあくまでその延長ですが、手を動かして形づくるからこそ気がつくこともあるのではないかと考えています。
オメロ美術館(http://www.museoomero.it)
◆業職種
(1)小学校教員
(2)中学校・高校教員など
(3)大学等研究機関所属の教員・研究者
◆学んだことはどう生きる?
教育学部ですので、小・中高等学校の教育者になる学生が多いです。在学中からアシスタントを勤めてくれていた学生は、同分野の研究職や他大学修士・博士課程にも進学しています。
教育学部では幅広い分野が学べます。生活や人の心を豊かにすることが、教育という学びの分野の中心に存在するため、様々な専門性を持つ先生方から横断的な視点を持って学ぶことができます。また、私の専門では、少人数の対面授業で、結果を社会・学校での実践や発表につなげやすいというメリットがあります。
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ? 生物学 |
|
Q2.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? イタリア。素材を大切にする国であり、アートについて深く学べ、インクルーシブ教育についても先進国だからです。 |
|
Q3.大学時代の部活・サークルは? 弓道 |
|
Q4.大学時代のアルバイトでユニークだったものは? 巫女。そこここに心の拠り所がある、日本的な土着信仰のようなものを身近に感じました。 |
|
Q5.研究以外で楽しいことは? 空き瓶に果物と水のみを入れ、酵母を育て、パンを焼いています。目に見えないものが徐々に目に見える形で変化し、結果的に私たちの体を動かすのは面白いです。一見作ることとは遠いようですが、実はそこはつながっているように感じます。 |