ヨーロッパ文学

フランスの作家

もうひとつの「文学史」を書く!フランス文芸誌からの発掘作業


合田陽祐先生

山形大学 人文社会科学部 人文社会科学科 グローバル・スタディーズコース(社会文化創造研究科 社会文化システムコース)

出会いの一冊

世紀末芸術

高階秀爾(ちくま学芸文庫)

私が専門とするフランス19世紀末は、作家と画家の交流が盛んでした。本書の初版の刊行は今から約60年前ですが、入門書としての価値を失っていません。印象派への反動から生まれた世紀末芸術は、フランス国内で自然に発生したのではなく、世界との同時代的なつながりを持った運動でした。

本書ではイギリスやベルギーなどとの関係も扱われています。また、みなさんもよく知るゴッホは、フランスで活躍しましたが、オランダ人です。文化に国境はないとよく言われますが、世紀末の芸術家たちは、現代に通じるようなグローバルな感性を備えていたのです。ぜひこの点に注目して、本書を読んでもらえればと思います。時代に先駆けた名著です。

こんな研究で世界を変えよう!

フランス文芸誌からの発掘作業

フランス文学研究の主流は「単行本派」

普段みなさんが手にするマンガの多くは、単行本になる前に雑誌に一度掲載されたものです。これは小説の場合でも同じです。

私が専門とするフランス文学研究の主流は、これまで圧倒的に「単行本派」でした。そこで、新たに「雑誌派」の観点からテキストを読み直すことで、同人作家間の交流や彼らの執筆戦略を解明しようとするのが、私が取り組む研究の立場です。

無数の群小作家は切り捨ててしまってよいのか

上の「単行本派」と「雑誌派」は、作家主義と歴史主義とも言い換えられます。ここで言う作家主義とは、大御所重視の態度です。「バルザック(19世紀フランスの大作家)は時代を映す鏡だ」と言う時、彼の同時代の群小作家たちは一括りにされています。

反対に雑誌の紙面からは、忘れられた書き手たちの息遣いや声色の違いも伝わってきます。雑誌には作品や評論のほかに、時事問題を扱うテキストが多く掲載されているからです。とくに私は、パリ留学後の最先端の環境下に移ることで、時代の勝者たる大作家に焦点を当て、その他の無数の敗者たちは切り捨てるという従来の文学史から、距離を取れるようになりました。

膨大な雑誌データの中に「お宝」が眠っている

現代は価値の多様性の時代です。個性に乏しく忘却された作家もいますが、逆に個性が強過ぎて当時は理解されなかった作家もいます。私が興味をひかれるのは、新しい価値観をもたらす後者の作家たちです。

現在では多くの雑誌のデジタル化が進行中です。これらの膨大な資料にアクセスして、同人作家たちの集団活動をつぶさに検証しています。歴史に埋もれた当時の雑誌に、思わぬ「お宝」が眠っていることがあります。それを発掘する喜びが、今の私の研究を支えています。

ある文芸誌の同人たちのつどい
ある文芸誌の同人たちのつどい
研究対象となる19世紀末の文芸誌
研究対象となる19世紀末の文芸誌
研究調査の場となるフランス国立図書館
研究調査の場となるフランス国立図書館
先生の専門テーマ<科研費のテーマ>を覗いてみると

「文芸誌を介して見る象徴派の小説研究――ジャンル論と集団性の観点から」

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授業の様子
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先生の学部・学科は?

山形大学人文社会科学部グローバル・スタディーズコースでは、主に言語や外国文化について学びます。私はフランス語の講読と、欧米文化に関する講義を担当しています。このコースの特色は、海外留学を義務化している点です。フランス語圏では、フランス(パリ)やカナダ(ケベック)などと協定校を結んでいます。教育活動と並行して、つねに海外を意識した研究をおこなっています。学会は、日本フランス語フランス文学会、表象文化論学会、日本フランス語教育学会、アルフレッド・ジャリ友の会(フランス)などに所属しています。

きっかけ&プレイバック学生時代
◆テーマとこう出会った

上智大学の永井敦子先生、早稲田大学の鈴木雅雄先生、東京大学の星埜守之先生に出会ったことが、現在の方向性を決定づける体験になりました。このお三方の授業のなかで、アルフレッド・ジャリ(1873-1907)という不思議な作家に出会い、興味をひかれたことが、現在の研究テーマを着想するきっかけとなりました。その後パリに留学し、ジャリ研究の世界的権威であるパトリック・ベニエ先生から指導を受けられたことも、大きかったと思います。ベニエ先生やフランスの研究仲間たちにサポートをしていただけたことで、フランスで博士号を取得することができました。

◆学生時代

学生時代には、正統派のフランス文学にはほとんど興味がありませんでした。高校時代から、澁澤龍彦の著作や翻訳を読んで育ちました(澁澤龍彦の本は学術的ではありませんが、そのセンスの良さからは学べる部分が今でも多いです)。研究の必要上、正統派の作家も読むようにしていますが、やはりマイナーな作家たちの書きものや生き方に強くひかれる自分がいます。

中高生におすすめ

千一夜物語

訳:佐藤正彰(ちくま文庫)

「物語のすべてがここにある」と思えるくらい、多くの要素が詰まっています。入れ子構造や、さまざまな象徴と暗示など、作品を読むだけではなく、分析してみたいと思わせる構成になっています。現在翻訳刊行中のガラン版もおすすめです。


精神分析学入門

フロイト、訳:高橋義孝、下坂幸三(新潮文庫)

フロイトの著作は、解釈行為の本質を伝えてくれるので、小説読みにも必読です。当時からよく読まれた『日常生活の精神病理学』が特におすすめですが、廉価版がないため、講義をもとにした本書を推薦します。たとえ話が多く、具体的でわかりやすいです。


未来のイヴ

ヴィリエ・ド・リラダン、訳:高野優(光文社古典新訳文庫)

19世紀フランス文学への位置づけが困難な怪作です。現代仮名遣いの新訳で読んでください。当時の科学的発明にインスパイアされた、未来予想の書でもあります。物語の内容よりもむしろ、声高に語られる作者の思想にこそ耳を傾けるべき小説となっています。


先生に一問一答
Q1.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? 

イタリア。人々がおおらかそうなため。

Q2.一番聴いている音楽アーティストは?

Men I Trust(カナダのバンドです)

Q3.熱中したゲームは?

ペタンク(フランス産の球技です)

Q4.研究以外で楽しいことは?

子育てと学生の指導

Q5.会ってみたい有名人は?

舞城王太郎先生(作家です)


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