言語学

日本語

世界から日本語を眺める―『私』と『あなた』の言語学


森田久司先生

愛知県立大学 外国語学部 英米学科(国際文化研究科 国際文化専攻)

出会いの一冊

英語の発想

安西徹雄(ちくま学芸文庫)

当時、シェイクスピア研究の第一人者であった著者による、翻訳論。「直訳」から「意訳」を達成するには、文化的背景の知識はもちろんのこと、文法に対する深い理解がないとできないことを認識させられた本です。

こんな研究で世界を変えよう!

世界から日本語を眺める―『私』と『あなた』の言語学

場面で指示対象の変わる「指標表現」

最初に、言語学にまつわる事象を二つ紹介します。まず、「私」、「あなた」、「今」のような、誰がいつ誰に対して発話するかで指示対象が変わる表現を、「指標表現 (indexical)」と呼びます。

日本語や英語など多くの言語では、「私」やIなどの代名詞は、いつもその文の話し手を指します(直接引用は除く)。しかし、文中のどこで使うかによって、話し手以外の人を指す言語(ウイグル語(中央アジア)、マツェ語(ペルー))などもあります。

「です・ます」も場所によって変化

次に、日本語の敬語ですが、「お帰りになる」ような、『尊敬語』があったり、「です」や「ます」などの『丁寧語』があったり、さらには『謙譲語』なるものもあります。代名詞も敬語も一見すると関係なさそうですが、上の二つの現象で共通することがあります。

敬語の中でも、「です・ます」などは、話し手が(聞き手に対して)敬意を表しており、文の話し手が変わると、意味が変わるという点で「指標表現」の一種と言えます。先ほど、ウイグル語などでは、「私」が文の話し手を必ずしも指すとは限らないと述べましたが、「です・ます」の敬意表明者も同様に、文中の場所によって変化します。例えば、(「誰がそこに行くの?」という問いに対して)「私が行きます。」だと、この文の話し手が聞き手に敬意を示していますが、「ジョンがメリーに、私が行きますと答えた。」だと、文の話し手が聞き手に対してでなく、ジョンがメリーに敬意を払っています。ちなみに、上の二つの文をウイグル語で表すと、先の「私が」は、話し手、後の方は、ジョンを指します。このように、日本語はいろいろな言語の特徴を持ちあわせていて、ウイグル語がと特別というわけでもありません。

言語によって何が共通するか

世界には約六千もの言語があると言われ、その多様性ばかりに目を向けがちですが、すべての言語に共通するメカニズムが、(雪の結晶にもいろいろあるように)言語によって少しずつ違って現れます。そして、それらを解明することによって、日本語もより深く、そして客観的視点で分析ができるようになります。

学会発表のため訪れたスロベニアにて、各国の研究者とともに
学会発表のため訪れたスロベニアにて、各国の研究者とともに
SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

言語学における脳や心の研究は、失語症の診断・リハビリや自閉症などの障害を持つ幼児の言語獲得に役に立つと思います。

日本の教育は、理系・文系と分けてしまうのに、社会に出ると、分かれていません。言語学研究は両方の要素を兼ね備えていて、自己能力の開花にも役立ちます。しかも、科学と違って、低コストで始められます。

グーグル翻訳など、手軽に自動翻訳が使えるようになっていますが、それらは実は、言語学的知見はあまり使われていません。それらを組み込める方法があれば、もっと翻訳精度が上がるだろうし、逆にAIの見つけた規則性を可視化できれば、お互いに教えあうような世界が来るかもしれません。

◆先生が心がけていることは?

相手に対し理由もなくネガティブな感情を抱いたとき、なぜそう思うのか自己分析する。理不尽な差別や偏見をなくす。

先生の専門テーマ<科研費のテーマ>を覗いてみると

「統語・語用インターフェイスにおける、指標決定メカニズムについての解明」

詳しくはこちら

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どこで学べる?
先生の授業では
◆授業で伝えること

研究で失敗する理由は、仕事でも同じだと思います。自分の得意なところ・苦手なところを把握し、失敗した時になぜそうなったのかを分析し、同じ失敗を避けるために何ができるかを積み重ねていくことが、これから生きていくための糧となります。

もっと先生の研究・研究室を見てみよう
研究室にて
研究室にて
先輩にはこんな人がいる ~就職

◆主な業種

(1) 商社・卸・輸入

(2) 交通・運輸・輸送

(3) ホテル・宿泊・旅行・観光

◆主な職種

(1) 調達、物流、資材・商品管理

(2) 中学校・高校教員など

(3) 営業、営業企画、事業統括

◆学んだことはどう生きる?

最近の傾向として、IT関連や医療関係への就職が増えています。言語学の特徴として、文系と理系の要素があると思いますが、IT関連企業で要求される論理的な思考を活かしつつ、他の人とのコミュニケーションをうまくこなしているところが評価されているのだと思います。

先生の学部・学科は?

英米学科では、イギリスやアメリカの社会・文学などの他に、英語そのものについての研究をしている先生が多く、英語の歴史、発音、文法、通訳技法、英語教育など、多岐にわたっています。英語や言葉が好きという人にお勧めします。

ゼミ生とともに
ゼミ生とともに
中高生におすすめ

メッセージ(映画)

ドゥニ・ヴィルヌーヴ(監督)

もともと早川書房から翻訳が出ている、テッド・チャンの短編集『あなたの人生の物語』を映画化したものです。異星人とコミュニケーションを取らなければならなくなった時、言語学者はどうするのかといった内容です。カナダのマクギル大学の言語学者が協力していて面白いです。


働きたくないイタチと言葉がわかるロボット 人工知能から考える「人と言葉」

川添愛(朝日出版社)

完璧な自動翻訳機を作ることがなぜ難しいのかを、とても簡単に解説してくれています。


英語の感覚・日本語の感覚 <ことばの意味>のしくみ

池上嘉彦(NHKブックス)

なんで、道に迷ったときに、英語では「Where am I?」と言えて、「私はどこですか?」とは言えないのかといった、素朴ながら深い言語学のトピックが満載です。私の指標表現の研究にも関わっています。


先生に一問一答
Q1.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? 

ドイツやオーストリアなど。適当な距離感があって、外国人でも人間らしく扱ってくれそうです。また、文化的に成熟しています。

Q2.一番聴いている音楽アーティストは?

グレン・グールド。『ゴールドベルク変奏曲』が気に入っています。

Q3.感動した映画は?印象に残っている映画は?

最近では『ボヘミアン・ラプソディ』。古いものだと『今を生きる』、『グリーンマイル』。

Q4.大学時代の部活・サークルは?

サッカー、テニス、大学祭実行委員会など。

Q5.大学時代のアルバイトでユニークだったものは?

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