高分子化学

キラル化合物

左右非対称な生命の謎に迫る


鈴木望先生

神戸大学 工学部 応用化学科(工学研究科 応用化学専攻)

出会いの一冊

自然界における左と右

マーティン・ガードナー(ちくま学芸文庫)

鏡像、回文、利き手といった身近な現象から、素粒子物理学のような高度な科学まで、「左と右」について幅広く探究する一冊です。

「鏡はなぜ左右は反転するのに上下は反転しないのか?」という素朴ながら奥深い疑問や、サイコロを使ったちょっとした手品など、親しみやすい話題を通して、左右性について考えるきっかけを与えてくれます。専門的な知識がなくても楽しめる構成で、科学に興味を持つすべての人におすすめです。

こんな研究で世界を変えよう!

左右非対称な生命の謎に迫る

左右の非対称性の原因は分子構造にある

私たちの体は一見左右対称に見えますが、実際には、心臓が左側にあったり、右利きの人が多かったりすることから、左右非対称であることがわかります。このような左右の非対称性の原因の一つに、生物を構成する分子の構造があります。

生物を構成するアミノ酸や糖、リン脂質の多くは、左右非対称な構造を有する「キラル化合物」であり、生物の体内では右型か左型のいずれか一方に偏っています。

タンパク質もDNAも右巻き

たとえば、人の体を構成するタンパク質は、20種類のアミノ酸が連なってできていますが、そのうちグリシンを除く19種類が「左型」のアミノ酸です。タンパク質は、αヘリックス構造と呼ばれるらせん構造を形成する場合があり、どのらせん構造にも「右巻き」と「左巻き」がありますが、αヘリックス構造は、一般的に「右巻き」のらせんを形成します。遺伝子を司るDNAも「右型」の糖を含み、「右巻き」の二重らせん構造をしています。

「なぜ生物の体内では分子が左右いずれか一方に偏っているのか?」という問いは生命ホモキラリティーの謎と呼ばれ、未解明の研究テーマです。現在の研究では、自然界で生じたわずかな偏りが、何らかの仕組みによって増幅され、このような非対称性が形成されたと考えられています。

右型と左型で作用が異なる

キラル化合物は、医薬品や香料、甘味料、除草剤などにも見られます。特に医薬品では、右型と左型で作用が異なることがあり、代表例として、サリドマイドが挙げられます。サリドマイドは、右型は鎮静・催眠薬作用を持ちますが、左型は胎児に悪影響を及ぼすことが知られています。

そのため、左・右いずれか一方の化合物を選択的に合成する「不斉触媒」や、左右の構造が混ざったもの(ラセミ体)からそれぞれを分離する「光学分割剤」、左右の偏りを可視化する「キラルセンサー」などの技術が求められています。私はこれらの分子の合成や理論的解析に取り組んでいます。

この図は、左右のらせん構造を持つ高分子が、左右性を持つキラル分子と相互作用することで、らせんが左右いずれか一方向巻きに偏る「不斉増幅現象」を示しています。不斉増幅には、「多数決の法則(majority rule effect)」と「軍曹と兵士の法則(sergeants and soldiers effect)」があります。多数決の法則では、左右のキラル分子のうち、わずかに多い種類のキラル分子の構造に応じて、らせん構造が一方向に偏ります。一方、軍曹と兵士の法則では、多数のアキラル分子(兵士)が存在する中で少数のキラル分子(軍曹)の構造に応じてらせん構造が一方向に偏ります。これらの現象は、生命の起源におけるキラリティーの偏りを理解するうえで、重要な手がかりとなる可能性があります。
この図は、左右のらせん構造を持つ高分子が、左右性を持つキラル分子と相互作用することで、らせんが左右いずれか一方向巻きに偏る「不斉増幅現象」を示しています。不斉増幅には、「多数決の法則(majority rule effect)」と「軍曹と兵士の法則(sergeants and soldiers effect)」があります。多数決の法則では、左右のキラル分子のうち、わずかに多い種類のキラル分子の構造に応じて、らせん構造が一方向に偏ります。一方、軍曹と兵士の法則では、多数のアキラル分子(兵士)が存在する中で少数のキラル分子(軍曹)の構造に応じてらせん構造が一方向に偏ります。これらの現象は、生命の起源におけるキラリティーの偏りを理解するうえで、重要な手がかりとなる可能性があります。
テーマや研究分野に出会ったきっかけ

私は大学生の時は教養学部に所属し、生物・化学・物理のうち、何を専攻するか迷っていました。中でも化学は「目に見える物質の形や性質を、分子レベルで理解・説明できる点」に魅力を感じていました。

ある授業で右型と左型のアスパラギン酸の味を比べる機会があり、右型と左型で味が異なることに驚いた経験が、化学への関心を深めるきっかけとなりました。学部4年生の卒業研究でキラリティーに関するテーマを選んで以来、キラル化合物の合成・分離・検出や、それに関連した理論の構築に取り組んでいます。

先生の研究報告(論文など)を見てみよう

「不斉環境への応答性を有する二次元分子集合体の機能発現と理論解析」

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先生の分野を学ぶには
もっと先生の研究・研究室を見てみよう
修士課程に在籍する小池さんが、自身で合成した高分子の分子量(分子の長さ)を、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)という分析手法を用いて測定している様子です。私が所属する学科では、学部3年生の後期から研究活動が始まり、多くの学生がそのまま修士課程へ進学して研究を継続します(他大学や他学科では、学部4年生の前期から研究活動が始まることが一般的です)。研究活動では、学生一人ひとりが自らの研究テーマに取り組みます。課題の設定、仮説の構築、実験の実施、そして得られた結果の考察までを、先輩や指導教員と議論しながら主体的に進め、研究成果を国内外の学会で発表したり、論文を執筆したりします。
修士課程に在籍する小池さんが、自身で合成した高分子の分子量(分子の長さ)を、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)という分析手法を用いて測定している様子です。私が所属する学科では、学部3年生の後期から研究活動が始まり、多くの学生がそのまま修士課程へ進学して研究を継続します(他大学や他学科では、学部4年生の前期から研究活動が始まることが一般的です)。研究活動では、学生一人ひとりが自らの研究テーマに取り組みます。課題の設定、仮説の構築、実験の実施、そして得られた結果の考察までを、先輩や指導教員と議論しながら主体的に進め、研究成果を国内外の学会で発表したり、論文を執筆したりします。
学生たちはどんなところに就職?

◆主な業種

(1) 化学/化粧品・繊維・衣料/化学工業製品・石油製品

(2) その他の材料・製品

(3) 自動車・機器

◆主な職種

(1) 基礎・応用研究、先行開発

(2) 生産管理・施工管理

(3) 法務、知的財産・特許、その他司法業務専門職

◆学んだことはどう生きる?

私の所属研究室の卒業生のうち、約8割は大学院に進学し、専門性をさらに深めています。大学院修了後は、高分子に関連した製造業に就職する方が多く、研究開発や品質管理などの業務に携わり、学部・大学院で培った知識や技術を活かして活躍しています。

特に、研究活動を通じて身につけた「誰も答えを知らない問題に対してアプローチする力」や「論理的に研究を進める力」は、業務の中で課題解決に役立ちます。一方で、特許関連業務やシステムエンジニア(SE)として活躍する卒業生も1〜2割程度おり、研究室での経験が異なる分野でも活かされています。

先生の学部・学科は?

神戸大学工学部応用化学科の特色は、化学工学と物質化学の両分野を、基礎から応用まで体系的に学べる点です。分子の性質を理解して新しい材料をつくる物質化学と、それを効率よく生産する技術を学ぶ化学工学の双方を学ぶことができる数少ない学科です。

ここでは、社会に役立つ技術の開発はもちろん、現時点では用途が未確定ながら、将来的な応用が期待される新しい物質を生み出す研究にも挑戦できます。理科の幅広い知識を活かしながら、革新的な材料や技術の開発に挑戦できる学びの場です。

研究室のメンバーで訪れた温泉旅行のひとコマです。研究室では日々の研究活動に加えて、こうした課外イベントも大切にしています。研究は個人の探究心が原動力ですが、同時に、先生や同僚、先輩・後輩との信頼関係や協力が欠かせません。研究室での共同生活を通じて、学術的な刺激だけでなく、コミュニケーション力も培うことができます。
研究室のメンバーで訪れた温泉旅行のひとコマです。研究室では日々の研究活動に加えて、こうした課外イベントも大切にしています。研究は個人の探究心が原動力ですが、同時に、先生や同僚、先輩・後輩との信頼関係や協力が欠かせません。研究室での共同生活を通じて、学術的な刺激だけでなく、コミュニケーション力も培うことができます。
先生の研究に挑戦しよう!

身の回りの製品には、左右非対称なものはどんなものがあるでしょうか?たとえば、印字のないピンポン玉は丸くて左右の違いはありません。一方、野球のグローブは右手用と左手用があります。では、バイオリンはどうでしょうか?左右の形や使い方に違いはあるのでしょうか?メガネは?自動販売機は?

身の回りの製品が、なぜそのような形になっているのかを考えてみると、使う人の体の動きや目的に合わせた工夫が見えてくるかもしれません。

中高生におすすめ

生物と無生物のあいだ

福岡伸一(講談社現代新書)

「生命とは何か?」という根源的な問いに、分子生物学の視点から迫る一冊です。生命の動的なしくみをわかりやすく描き、科学への興味を引き出してくれます。


ダイソン 生命の起原

フリーマン・ダイソン(共立出版)

「最初の生命は、遺伝情報と触媒作用の両方を担うRNAだった」とする有力な仮説に対し、「RNAの化学構造は複雑すぎるのではないか?」という根本的な疑問を投げかけ、より原始的な分子から生命が誕生した可能性を探る内容です。

生命誕生に関する多様な仮説を紹介しながら、分子レベルでの進化の道筋を考察することで、読者の思考を広げてくれます。


トリーズ(TRIZ)の発明原理40 あらゆる問題解決に使える[科学的]思考支援ツール

高木芳徳(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

私たちは日常生活の中で、知らないうちに多くの発明品の恩恵を受けています。では、そうした発明はどのような発想から生まれているのでしょうか? 

この本では、発明の背後にある考え方や法則を、図を使ってわかりやすく解説しています。科学や技術に興味を持つきっかけとして、ぜひ手に取ってみてほしい一冊です。

一問一答
Q1.18才に戻ってもう一度大学に入るならば、学ぶ学問は?

物理学を学びたいです。化学では新しいものを「創る」ことが多い一方、物理は不思議な「原理」を数学を使って解明します。化学に関連する現象でも、複雑でよくわからない現象と遭遇することがあり、物理学をより深く学べればもっといろいろなことを解明できると感じます。

Q2.大学時代の部活・サークルは?

吹奏楽部でユーフォニウムやチューバなどの金管楽器を吹いていました。地道な基礎練で培われた忍耐強さは研究にも活かされていると感じます。

Q3.研究以外で、今一番楽しいこと、興味を持ってしていることは?

授業の課題で、学生さんに「不思議だと思ったこと」、「素朴な疑問」を書いてもらっています。それを読むと、「確かに!なんでだろう?」と思うことが沢山あり、それについて学生さんと一緒に考えるは楽しみの一つです。

Q4.好きな言葉は?

ふしぎだと思うこと これが科学の芽です
よく観察してたしかめ そして考えること
これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける
これが科学の花です

科学の花(朝永振一郎)より


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