科学社会学・科学技術史

医学史

帝国主義時代のユーラシア、医学・衛生学の光と影


宮崎千穂先生

静岡文化芸術大学 文化政策学部 国際文化学科(文化政策研究科)

中高生のための出会いの一冊

パンデミック(サイエンス超簡潔講座)

クリスチャン・W・マクミレン、監訳:脇村孝平、訳:杉山千枝(ニュートンプレス)

感染症史などを専門とするバージニア大学のマクミレン教授がオックスフォード大学出版局の『A Very Short Introduction』シリーズのために、ご自身の大学での講義内容などを基に書かれたものです。

日本における帝国医療研究の先駆者である脇村孝平先生が監訳をされており、ペスト、天然痘、マラリア、コレラ、結核、インフルエンザ、HIV/エイズといった疾病ごとに「流行病」や「パンデミック」の歴史が読みやすく綴られています。特に、病の発生や広まりには社会的要件が少なからず関係していることを読み取ってほしいと思います。

こんな研究で世界を変えよう!

帝国主義時代のユーラシア、医学・衛生学の光と影

植民地統治のための熱帯医学

今日の医学・衛生学は、近代の医学・衛生学を基礎としています。そのため、それらの学問の形成過程を知ろうとするとき、近代に、人間社会がどの病を厄介とみなし、それにどのように対応しようとしたのかということを明らかにする必要があります。

近代は帝国主義の時代でした。その時代を象徴する医学分野として、従来注目されてきたのが“熱帯医学”という学問です。これは、寒冷な場所にあるイギリスが、暑くマラリアなどが蔓延する馴れないアフリカやインドなどの植民地を統治するための医学・衛生学的知識の集積により創り出された学問です。

高緯度帯の医学・衛生学と帝国統治の関係は

それでは、“熱帯”とは環境(気候・風土・文化など)の異なる、地球上の“北より”の場所における医学・衛生学的展開、そしてその帝国の拡張・統治との関係はどのようなものであったのでしょうか。現在行っている研究「近代ユーラシア高緯度帯の風土病とそのパンデミック化:帝国医療研究の拡張を目指して」では、この問いの解決を試みています。

広大なユーラシアの各地域の専門家と

ユーラシアは、私たちが住む日本も含めて大変広い地域で、自然も人間の育んできた文化も多様です。そのため、それぞれの地域の専門家である脇村孝平先生、飯島渉先生、畠山禎先生、廣川和花先生、加藤真生先生と共同で研究を行っています。

“未知”の病、病の流行について知ろうとした近代人の姿の光と影を明らかにすることは、新型コロナウィルス感染症に見舞われた現代の私たちの姿、人間の本質を考えることでもあります。

ピョートル・F・ボロフスキーの胸像(ザイーロフ記念ウズベキスタン保健博物館にて宮崎撮影)。ロシア帝国の軍人たちは、植民地とした中央アジアにおいて、彼らにとって”未知”の皮膚病(皮膚リーシュマニア症)に遭遇しました。ボロフスキーがその病原について発表したことから、旧ソ連圏では「ボロフスキー病」の名で通ります。
ピョートル・F・ボロフスキーの胸像(ザイーロフ記念ウズベキスタン保健博物館にて宮崎撮影)。ロシア帝国の軍人たちは、植民地とした中央アジアにおいて、彼らにとって”未知”の皮膚病(皮膚リーシュマニア症)に遭遇しました。ボロフスキーがその病原について発表したことから、旧ソ連圏では「ボロフスキー病」の名で通ります。
テーマや研究分野に出会ったきっかけ

歴史学研究の"芽生え“といえるような出来事は、中学生の時に今川氏に関する夏の自由研究を提出し、社会科の先生に”お花ちゃん”(花まる)を貰ったことでしょうか。

今日の研究テーマとの関連では、幼少時に見たアニメ『アルプスの少女ハイジ』に登場する病弱なクララへに憧れを抱いていたことが病や医療への関心に、小学校から高校時代にかけてのシルクロードブームやソ連の崩壊などがユーラシア大陸への関心に繋がったのではないかと思います。

キルギス共和国の国立歴史博物館に展示されている20世紀初頭のロシア人医師の医療器具(宮崎撮影)。当時、この地域はロシア帝国に組み込まれていました。
キルギス共和国の国立歴史博物館に展示されている20世紀初頭のロシア人医師の医療器具(宮崎撮影)。当時、この地域はロシア帝国に組み込まれていました。
先生の研究報告(論文など)を見てみよう

「近代ユーラシア高緯度帯の風土病とそのパンデミック化:帝国医療研究の拡張を目指して」

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キルギス共和国のイシク・アタ鉱泉に遺る薬師如来とされる像の前にて。この地域にかつて仏教が広まっていたこと、鉱泉の効能が知られていたことなど、考えさせられることが多くあります。
キルギス共和国のイシク・アタ鉱泉に遺る薬師如来とされる像の前にて。この地域にかつて仏教が広まっていたこと、鉱泉の効能が知られていたことなど、考えさせられることが多くあります。
学生たちはどんなところに就職?

◆主な業種

◆主な職種

(1) 公務員 市役所など

(2) 観光業 旅行会社など

(3) 会社員 銀行など

◆学んだことはどう生きる?

先生の学部・学科は?

文化政策学部には国際文化学科、文化政策学科、芸術文化学科の3学科があります。私自身は国際文化学科の教員ですが、3学科共通コースの「文明観光学コース」のゼミを担当していますので、「文明×観光」に関心のある学生さんたちが集まってきています。文明史を踏まえてツーリズムを考えるという全国でも唯一のユニークなコースです。

私の専門との関連でいえば病の流行とツーリズムの相互影響なども研究のテーマになりえますが、ゼミ生の卒業研究のテーマはこれに限らずさまざまです。

先生の研究に挑戦しよう!

中高生におすすめ

敦煌

井上靖(新潮文庫)

昭和の知識人たちのシルクロードへの思いを感じることができる小説です。中学生の時、人生で初めて見たいと思った映画の原作でもあります。『おろしあ国酔夢譚』『楊貴妃伝』などもそうですが、井上靖の小説が、私にユーラシアへの関心を芽生えさせたように思います。

近年、井上のユーラシア旅行についての論考(「井上靖の中央アジアへの旅(1965)とソ連のインバウンド観光ー日本人知識人の”西域”への憧憬と社会主義プロパガンダとの間でー」『日本国際観光学会論文集』28)も書きました。私の個人的な青春の書を中高生の皆さんにもお勧めします。


疾病と世界史

ウィリアム・H・マクニール、訳:佐々木昭夫(中公文庫)

疫病(流行病)が人類の歴史において大きな意味を持ったことがダイナミックに描かれています。アステカ帝国の滅亡と疫病の関係、モンゴル帝国下のユーラシアにおけるペストの広まりについては、中高生の皆さんもご存じかもしれません。

1970年代の書物ですが、今、読み返しても、研究上の刺激になります。「コロナ禍」を知る皆さんに読んでいただきたい書です。


JIN-仁-

村上もとか(ジャンプコミックス デラックス)

漫画とドラマ、どちらもお勧めです。医学・医療の現場と知識が現代と江戸期を行き来するところに面白味が見出せますし、また、近代医学・医療についても考えさせられます。梅毒をめぐる歴史は私の主な研究対象ですので、個人的にも非常に気になる作品です。

一問一答
Q1.日本以外の国で暮らすとしたらどこ?

明代の中国。李時珍の弟子になり、『本草綱目』を編纂したいなと思います。この書は、江戸期の日本の本草学(医学・薬学)に大きな影響を与えました。

Q2.感動した/印象に残っている映画は?

最近では、唐が舞台の『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』。神仙が出てくる中国ドラマも好きです。

Q3.大学時代の部活・サークルは?

フィギュアスケート部。高校生の時にソ連が崩壊し、CISとして出場した旧ソ連の選手たちの優雅なスケーティングに感動したため。

Q4.大学時代のアルバイトでユニークだったものは?

近くの神社で、茅輪神事(大茅輪くぐり)の巫女。厄除けの行事です。


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