日本語学

方言

東京近郊に「書いた」が「ケャータ」になる方言が。方言の動詞の活用を明らかに


佐々木冠先生

立命館大学 言語教育情報研究科 言語教育情報専攻 言語情報コミュニケーションコース

出会いの一冊

真ん中の子どもたち

温又柔(集英社)

父親が日本出身で、母親が台湾出身の琴子(ミーミー)の青年期を描いた小説。日本、中国、台湾で、琴子と同様に複数の民族をルーツに持つ登場人物との交流を通して、言語とアイデンティティについての認識の移り変わりが描かれています。母語とアイデンティティが多面的なものであることを理解する上で参考になる小説です。

こんな研究で世界を変えよう!

東京近郊に「書いた」が「ケャータ」になる方言が。方言の動詞の活用を明らかに

動詞の活用で、言葉はどう変化するか

「日本語方言形態論における音韻プロセスの相互作用」が研究テーマです。形態論における音韻プロセスというのは、動詞の活用で生じる各種音便や複合語の形成で生じる連濁などのことです。

書くの過去形はカイタ、嗅ぐの過去形はカイダ

ある種の環境で音が変化するのが音韻プロセスです。「勝つ、買う、狩る」の過去形は促音便の結果、カッタになります。「読む、呼ぶ」の過去形は撥音便と/t/の有声化の結果、ヨンダになります。

「書く、嗅ぐ」の過去形はともにイ音便になりますが、「嗅ぐ」はさらに接尾辞の/t/が有声化します。その結果、前者はカイタ、後者はカイダになります。標準語をもとに説明しましたが、撥音便とイ音便と/t/の有声化の間に相互作用があることがわかると思います。

方言の多様性が消えてしまう前に、大急ぎで研究

動詞の語形を決定する音韻プロセスは、方言によって異なります。東京近郊の方言でも、イ音便を被った「書いた」が母音融合し、ケャータになることがあります。

各地の方言の音韻プロセスはほぼ記述されています。一方、音韻プロセスがどのように相互作用するかは、あまり記述されていません。できるだけ多くの方言で音韻プロセスの相互作用を明らかにするのが、私の研究の目標です。

音韻プロセスの相互作用は、海外では構造主義や生成文法の文脈で50年以上前から追求されていることです。新しい知見も得られると思いますが、この科研には本当は50年前にやるべきだった課題を、方言の多様性が失われる前に大急ぎでやるという側面があります。

千葉県南房総市の「切った」を音声分析した画像です。標準語とはアクセントが違うことがわかります。
SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

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この研究テーマは、直接的には1から17に貢献できることはないと思います。しかし、間接的には1.「貧困をなくす」と11.「住み続けられるまちづくりを」に関する貢献が可能かもしれません。

この研究テーマを追求するには、方言を話す地域に調査に行く必要があります。多くの研究者と学生が方言に関心を持ち、調査に行くようになると、地域社会の抱える様々な問題、すなわち、駅前のシャッター街、路線廃止や減便により調査地までたどり着けない公共交通網などの、地域社会の貧困と不便さを目の当たりにすることになります。

1980年代以降、日本の政治は公共サービスの採算を重視し、利益追求のため民営化などを推進してきました。その結果、利用者の少ない鉄道路線は廃止されたり減便されたりして、公共交通機関によるアクセスが困難な地域が増えました。また、人の流れが減った地方の経済は疲弊しています。

鉄道、バス、水道、通信、教育、医療といった公共のサービスに利益追求を求めるべきか。この問いについて、若い世代に考えてもらいたいのです。方言の調査は、こうしたことを考える上で刺激になります。時間を割いて自分に言葉(方言)を教えてくれる方が不便な思いをしているのはおかしいのではないかという問題意識を持った若者から、地方の経済の活性化(貧困の解消)と持続可能な街作りに関するアイディアが出るのではないかと期待しています。そのためには、言語学専攻以外の若者にも関わってもらえる体制作りが必要ですが。

僕が若い世代に期待するのは、多額の利益を出している企業の無料のサービスを日常的に使っているからです。GoogleもAppleもその他の会社も、一定の容量まではクラウドは無料です。それにも関わらず利益を出しています。1980年代以降の公共サービスにおける採算重視の発想法を解消して、新しい社会や経済のあり方を考えるには、無料サービスと利益の共存を経験してきた世代の発想法が必要だと思うのです。

◆先生が心がけていることは?

公害を垂れ流し、人権侵害をする企業の製品とサービスを生活から排除すること。難しいです。

先生の専門テーマ<科研費のテーマ>を覗いてみると

「日本語方言形態論における音韻プロセスの相互作用」

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佐々木先生HP

『増間の昔話』音声付き資料
※増間の昔話は千葉県の旧・安房郡三芳村の増間(ますま)の民話です。このCD/ウェブページにある音声付きの昔話は、(調査協力をいただいた)三芳・方言の会のみなさんが地元の言葉で朗読した昔話を収録したものです。

じゃんけんのチョキにも方言があります。2015年茨城県神栖市での調査から。

先輩にはこんな人がいる ~就職

◆主な職種

(1) 中学校・高校教員など

(2) 大学等研究機関所属の教員・研究者

◆学んだことはどう生きる?

研究科を卒業後、日本語学校や、大学の日本語教師になる人、高校や大学の英語教師になる人がいます。また、修士までの研究科なので、同じ大学や他大学の博士課程後期に進学する人もいます。

先生の学部・学科は?

大学院の言語教育情報研究科は、外国語教育と言語学を専攻できる研究科です。コース・プログラムの垣根が低く、隣接分野の科目が履修しやすいのが特徴です。脳科学を使った言語研究など、学際的な研究も盛んです。

中高生におすすめ

鬼滅の刃(漫画)

吾峠呼世晴(ジャンプコミックス)

鬼を倒した後で、主人公が鬼の薄れゆく意識の中から、何故鬼になったのかを読み取ります。人文科学の知は、自分と生き方が異なる人を理解しようとすることで得られます。そのような思考法を身につける上で役立ちそうな作品です。


Chavs The Demonization of the Working Class

Owen Jones(Verso)

搾取されるだけでなく、分断され、からかいの対象になったイギリスの労働者階級を描いた衝撃作。最終章には、権利を取り戻すための示唆もあります。労働者の分断と非正規雇用は日本でも見られ、研究職も例外ではありません。原書で読むことを勧めます。英語が苦手な人には、辞書がポップアップするKindle版がお勧め。


虐殺器官

伊藤計劃(ハヤカワ文庫JA)

言葉は理解を促進する道具であると同時に、対立を促進する道具でもあります。この作品の鍵は「虐殺の文法」。それが何かは明示的には示されていませんが、それについて考えることはできます。「責任は私にある」と50回以上宣言したり、敵対心を煽り立てるツイートをする政治家がいる世界を生き抜く上で、参考になりそうな作品です。


先生に一問一答
Q1.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? 

ルーマニア。ルーマニア語が話せるので言葉が通じるし、食べ物と飲み物がうまい。

Q2.一番聴いている音楽アーティストは?

Jeff Beck。『Situation』が好きです。

Q3.感動した映画は?印象に残っている映画は?

『Pierrot le fou』(ジャン=リュック・ゴダール監督)。

Q4.大学時代の部活・サークルは?

新聞会、軽音サークル

Q5.大学時代のアルバイトでユニークだったものは?

椎茸栽培


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