土壌が、古代・中世地中海文明の農業・工業・交易を物語る
土壌は人間活動の情報の宝庫
湖沼・河川周辺の土壌は、昔の自然環境と人間の活動の関わりについて教えてくれる貴重な情報の宝庫です。そこには、様々な人工的廃棄物や、栽培・飼育された動植物の死骸・老廃物が、原子・分子のレベルに分解されたものから化石化した珪藻や胞子・花粉にいたるまで、まるで年輪のように、日々、年々、積み重なっているのです。
近年では、炭素同位体の年代測定で、各堆積層の年代を特定することができます。年代さえわかれば、水域の周囲数10㎞の範囲でどんな地殻変動が発生し、いかに植生が変わり、どのような種類の産業活動が消長したかということを、かなりの正確さで知ることができるのです。
鉛の「指紋」を見れば、どこから来たかもわかる
こうした新しい分野の研究は、自然現象だけでなく、人間の生産や消費、流通活動の痕跡についても明らかにしてくれます。堆積土中の花粉や胞子の化石は、栽培されていた作物や飼育されていた動物の種類や規模を、また重金属の痕跡は、何らかの手工業の存在を明らかにするでしょう。
特に、鉛の同位体の存在比率は、産地ごとに指紋のように個性がありますから、鉛とともに採掘される金属がどのくらい遠くから運ばれてきたのかということも教えてくれます。
現場は2大文明の境界、トルコ中西部
このような調査を、特に、キリスト教文明とイスラム文明が長らくせめぎあった最前線、現代のトルコの中西部で行います。新しい世界宗教の勃興と宗教対立は、人類の農業や工業、交易という世俗の活動にどんな影響を与えたのでしょうか。
古い環境の調査を手がかりに、文明の交代、古代から中世という時代移行の原因まで究明できるかもしれません。科学とのコラボで新しい歴史学を開く試みが進められています。
狩猟採集時代は人口も少なく、多くの人は貧困や飢餓から逃れられませんでしたが、総じて、海や陸の豊かさに支えられて健康に生活できていたと言われています。とはいえ、現在、地球上に住む75億もの人たちが、狩猟採集の生活に戻るわけにはいきません。歴史的に見れば、やはり国家や社会が貧困や飢餓から人々を守る働きをしていたわけで、国家が戦争や貧富の差を生み出すこととの収支勘定を正しく知ることが大切です。
歴史的な記録と、古生態的な観測を組み合わせることで、過去のどの時代に、いかなる理由で、人々を飢餓や貧困から救うシステムがうまく機能していたのか、あるいは機能しなくなったのかということを探ることができます。そしてこの問いに答えることは、将来の人類にとっても有益な示唆を与えてくれるでしょう。
「古代末期~中世におけるTlos市領域の流通インフラと農耕・居住区域の復元」
◆学んだことはどう生きる?
歴史学は、事実認定が容易でないできごとについて、限られた証拠に基づき論理的に説得しようと試みる、いわば「推論の学問」です。自然科学の助けも借りますが、科学的なファクトが手に入らない状況でも行動しなければならないという現実に向き合う時、特に役立つ人文的なスキルを授ける学問といえるでしょう。
エネルギー関係の専門商社に勤めて海外で活躍したり、IT企業のSE営業職で能力を発揮したり、まあ、直接歴史学が役には立たずとも、半分科学的・半分人文学的な学問を学んだ高度教養人として、みなそれぞれに合った場所で活躍していると思います。
立教大学文学部史学科は、「海洋」と「内陸」に人間がいかに関わって来たのか、という二つの側面から歴史を捉え直そうとする研究者を集めています。