コケット あるいはエライザ・ウォートンの物語
ハナ・ウェブスター・フォスター、訳:田辺千景、監修:亀井俊介、巽孝之(松柏社)
アメリカが独立して20年ほどしたころに発表され、ベストセラーになった感傷小説です。書簡体と呼ばれる手紙のやりとりから成るこの小説は、エライザ・ウォートンという若い未婚の女性が自由な人生を生きようとした結果、破滅する姿が描かれています。
彼女が破滅した理由は、人の言うことを聞かずに、素性のよくわからないイケメンに走ったからではありません。ではなぜなのか。この問題を考えるヒントは、この作品が描かれた時のアメリカは、どのような国家/社会だったかということ。ぜひ、この作品を読んで、皆さんにその謎を解いてほしいです。
アメリカ建国期になぜメロドラマが流行したのか
独立当初のアメリカは、不安でいっぱいの小国
皆さんはアメリカ合衆国について、どんなイメージがありますか。「大きくて豊かな国」「自由を重んじる国」「強い軍事力をもった世界のリーダー」――そんなイメージを抱いている人も多いのではないでしょうか。
確かに、今のアメリカは世界の中心のような国ですね。でも建国期のアメリカはそんな国ではありませんでした。そのころのアメリカは、大西洋岸沿いに細長く広がる13州しかないイギリスの植民地で、経済力も軍事力も、イギリスやヨーロッパ諸国とは比較にならない弱々しい国だったのです。
そんな中、1776年にアメリカは独立を宣言します。それはまるで、圧倒的に大きな権力を持つ親からなんとか自立しようとする子どものようでした。
なんとか独立戦争に勝利はしましたが、当時のアメリカにはまだ問題が山積みで、国民も不安でいっぱいでした。今の強くて大きなアメリカとは程遠いイメージですね。
お涙頂戴のメロドラマが人気を博した
私が研究している18世紀末のアメリカ感傷小説は、独立後まもないアメリカで発表され、大いに好評を博した小説群です。
例えば最初の小説と呼ばれる『The Power of Sympathy』(William Hill Brown)や『The Coquette』(Hannah Webster Foster)といった作品は、どれも似たような内容の小説です。
親元を離れ、自由や独立を謳歌しようとする若い娘が、周囲の反対に耳を貸さずに見た目の良い男性にそそのかれてしまい、未婚の母として悲劇的な末路を遂げるという展開の小説です。
お涙頂戴のメロドラマ、しかも折々「ああ! 私はもうおしまいだわ!」「彼女はなんてあわれなのでしょう!」といったびっくりマーク続出の感情的な言葉で書かれているので(だから感傷小説=センチメンタル・ノヴェルと呼ばれているのですね)、現代に生きる皆さんが読んだら、白けてしまうかもしれません。
当時のアメリカの社会背景が流行に関わる
でも、考えてみてください。なぜ、そんなメロドラマみたいな小説が、アメリカ建国期に立て続けに描かれ、そして大いに読者を獲得したのでしょう。自由の国アメリカなのに、なぜ未婚の女性が自由を求めると罰を受けるように破滅してしまうのでしょう。
そこには、当時のアメリカの社会背景が関わっているのではないでしょうか。 何より、現在の強くて巨大な自由の国アメリカの源泉となる文学が、こんなにも感傷的かつ女性的なことに驚く人も多いのではないでしょうか。
それでは一体、いつ、どんなふうに、アメリカは今のような強大な世界のリーダーへと変身していったのでしょう。アメリカ文学の流れを見直すことによって、その変遷を見出すことができるのではないでしょうか。私の研究は、このような問いを解き明かしていくことを目指しています。まずは皆さん、ぜひ一度、建国期の感傷小説を読んでみてください。
「アメリカ感傷/家庭小説の系譜」
◆先生の講義では
数学者や科学者の追求していることと、文学が追究していることは、実は同じです。「過去に戻れたらいいのに、という時間の不可逆性について」「なぜこんなことが私に起きるのか。という不条理について」などなど、人間が生きていく中でどうにも解けない問題を、なんとか解き明かそうとしているのです。優れた文学作品はどれもそんな解決不可能な問題の答えを、なんとか作品の中で出そうとしているのだと思って、作品に向き合ってみてください。きっと、日常生活の中では見えなかったものが見えてくるはずです。こうしたことを、折に触れて学生に伝えています。
◆主な業種
(1) 交通・運輸・輸送
(2) 金融・保険・証券・ファイナンシャル
(3) ホテル・宿泊・旅行・観光
◆主な職種
(1) サービス・販売系業務(店長・マネージャーも含む)
(2) 営業、営業企画、事業統括
(3) 中学校・高校教員など
◆学んだことはどう生きる?
英文科の卒業生は様々な業種から歓迎されるため、私のゼミの卒業生の進路も多岐に渡っています。その中でも例年、航空会社、ホテルや旅行代理店などの観光関連会社、銀行、出版社、そして教職などに進む学生がいます。
社会人なった彼ら/彼女たちは、学生時代に「自分とはまったく異なる考えや背景をもった他者」について、我がことのように想像力を働かせることを、英語圏文学の研究を通じて学んでいたので、対人関係スキルが非常に高いと評価されているようです。
アメリカ文学研究では特に「他者」がキーワードになりますが、私の授業がお客様や仕事仲間の立場に立ってものを考えることができる訓練の一助になっていたのだとしたら、思いがけない喜びです。
学習院大学文学部英語英米文化学科は、学部生が必ず卒業論文を執筆します。その際、3年生からゼミに所属し、2年間かけて論文のテーマ探しや執筆について、指導教官からアドバイスをもらうことができます。少人数で手厚い指導の中で作成する卒論は、まさに大学生活の集大成として、卒業後に自分の学びを振り返る際にも、大いに自信になる宝物だと思います。
Q1.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? 南カリフォルニア(アメリカ合衆国)。毎日がお天気だから! |
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Q2.感動した映画は?印象に残っている映画は? 『ニュー・シネマ・パラダイス』。テーマソングが流れるだけで、もう涙が…。 |
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Q3.大学時代の部活・サークルは? 卒業アルバム(Year Book)委員会。自分の卒業アルバム写真を気に入るまで何回でも撮影してもらえると聞いたから(実際はそんなことはありませんでした)。 |
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Q4.会ってみたい有名人は? Ruth Bader Ginsburg(アメリカ最高裁判事)。すべてを尊敬しているからです。 |