有害粒子がヒトに悪さするカギは帯電にあった!先例のない粒子の帯電研究
化学成分だけで大気粒子の有害性はつかめない
「空気中の粒子って、電気持ってるんですかね」。
今から10年ほど前、私は先輩や同僚の研究者にこのような質問をしていました。私は(今もですが)大気中に浮遊する粒子(エアロゾル粒子、以下大気粒子)の化学成分を測る研究をしていました。
それは、大気粒子(そのうちサイズが2.5μm以下の粒子をPM2.5と呼びます)を吸い込むと人体に悪影響を及ぼすことは知られているのですが、「なぜ」有害なのか、という理由がまだ解明されていないからです。
粒子を構成する化学成分の中には有害な物質もありますので、化学成分を調べることは重要です。ただ一方で、「化学成分を測りさえすれば、大気粒子の有害性の原因をすべて解明できるのか?」という疑問は常に持っていました。
例えば、有害な大気粒子を吸い込んだとしても、それが気道など身体にくっつかなければ、人体に有害とはなりません。研究を進めていくうちに、どうもそちらの観点の先行研究が少ないと思うようになりました。
電気を持っている粒子は気道にくっつきやすい
そのうち、「電気を持っている粒子は、持っていない粒子に比べて気道へのくっつきやすさが数倍違う」という論文を見つけました。そこで冒頭の質問を周囲の研究者にしてみたのですが、誰にも答えはわかりませんでした。
また、この質問に明確に答えてくれる論文も見当たりませんでした。そこで、自分で調べようと研究を始めました。そもそも測定装置がなかったので、自分で作りました。
理論通りにならない!実験を繰り返す
「計算では大気中の粒子の帯電状態はこうなる」という理論はあったのですが、実際に測ってみると結果は理論通りではありませんでした。自分が間違っているのかも…と不安になりましたが、何度も実験を繰り返して、おそらく自分の結果は正しい、と思えるようになりました。
この粒子帯電の研究は、「そもそもなぜ大気粒子が電気を持つのか」という基礎から、「大気粒子の帯電状態がわかるとどんな良いことがあるか」という応用面まで、非常に幅広く私たちの知的好奇心を刺激してくれています。
この研究は、まさにこれからが楽しいところを迎えようとしています。
大気粒子は人体に有害なため、その有害性を発現するメカニズムを解決することは、目標3「人々に保健と福祉を」に合致します。
また、きれいな空気は世界共通の目標であり、大気粒子に関して未知の知見(粒子帯電メカニズム等)を利用した製品等を開発することにより、目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」に貢献できます。
また、そうした取り組みが進み、大気汚染が解決する方向に向かえば、目標11「住み続けられるまちづくりを」を達成することにつながります。
◆先生が心がけていることは?
研究内容がSDGsそのものです。
「実環境大気エアロゾルの帯電状態が生体および地表面への粒子沈着へ及ぼす影響評価」
◆研究室に配属された時に話すこと
当研究室に集う人々は、皆それぞれの人生のバックグラウンドや将来の目的を持って生きています。新たな知見を生み出すには、多様性が不可欠です。また、当研究室にいる期間も、人それぞれです。ですが、皆が別々の方角を向いてしまっては、個々の力を合わせてより大きな成功を得ることはできません。
多様な人々の力を最大化するには、どのようにすれば良いでしょうか。私たちは、それが当研究室の「使命」だと考えます。私たち慶應義塾大学理工学部応用化学科環境化学研究室の「使命」とは、「大気などの環境媒体と、人間の健康を結ぶ事象について、何らかの新たな知見を得て、世界の人々の、より健康的な生活に貢献する」です。
◆窮理図解「慶應理工の大気環境化学」(慶應義塾大学理工学部HP)
◆「Air pollution and environmental monitoring」(Keio Research Highlights)
◆主な業種
(1)電気・ガス・水道・熱供給業
(2)プラント
(3)自動車・機器
◆主な職種
基礎・応用研究、先行開発
◆学んだことはどう生きる?
現代では、「環境」のことを考えない企業や組織は存続できません。つまり環境研究に携わった経験は、その後どのような進路を選ぶにしても、将来必ず活かすことができます。
当研究室では、大気環境問題に関わる実験・研究に真摯に取り組むことにより、社会に貢献できる、また社会を牽引していける「違いを生み出せる人材の育成」を目指しており、卒業生たちは、エネルギーやインフラ業界を中心に社会の幅広い分野で活躍しています。
慶應義塾大学理工学部応用化学科は、本学部で最も歴史のある学科の1つで、1学年100名以上、合計7,000名以上の卒業生を輩出し、どの時代にも柔軟に対応できる人材を絶えず輩出してきた確かな教育実績があります。
「広い視野」と「深い専門性」を持った人材を育成するため、化学のすべての分野を網羅する31名の教員陣が、学生と共に世界最先端の教育・研究に日々取り組んでいます。特に有機化学や材料・素材化学の研究室が多く、切磋琢磨しながらお互いを高めあっています。
大学全体として科研費獲得ランキングTop 10に私立大学として唯一入っており、そのうちの主要な件数を本学部が担っています。他の私立大学と比較して、学生数に対する教員数が多いことも特徴です。
基準値のからくり 安全はこうして数字になった
村上道夫、永井孝志、小野恭子、岸本充生(講談社ブルーバックス)
私は大気などの環境媒体と人の健康を結ぶ研究を行っており、粒子帯電の研究もその一環ですが、環境問題というものは単一の研究成果のみで解決するものではなく、科学的知見を積み上げた上で、意見が異なる個人の集合体としての社会の在り方も並行して考えていく必要があります。
あるリスクを完全にゼロにしようとする時、そこには必ず別のリスクが存在します。安全と安心は異なること、能動的な人生を送るためには自分が許容できるリスクの範囲を知ることなど、環境問題を研究する上で必要となる視点の示唆に富んでいる本です。
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ? やはり、同じ理学部の化学です。ただし、今度はきちんと勉強したいです。 |
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Q2.感動した映画は?印象に残っている映画は? 『コーチ・カーター』。アメリカの映画で、バスケ版の『スクール・ウォーズ』です(今の人は知らないか)。 |
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Q3.熱中したゲームは? 『ドラゴンクエスト』でしょうか。 |
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Q4.大学時代の部活・サークルは? 体育会バスケットボール部です。 |
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Q5.研究以外で楽しいことは? 子供の成長を見ることと、ピアノを弾くことです。 |
瀬戸章文
金沢大学 理工学域 フロンティア工学類/自然科学研究科 自然システム学専攻
【エアロゾル工学・ナノ粒子の分析】エアロゾル研究の分野で極めて顕著な研究成果を出しています。
石原康宏
広島大学 総合科学部 総合科学科/統合生命科学研究科 生命環境総合科学プログラム
【化学物質の生体影響】化学系のバックグラウンドを持ちながら、細胞や生命現象にも極めて深い造詣を有しています。