生きづらさの根源を人類学で徹底解明
病や苦しみに何ができるか
誰でも心の病になることがあります。将来の成功を約束されたエリートであろうと、誰もがうらやむ成功者であろうと。この事実は、近年、うつ病をはじめとする病を経験する人がグローバルに増える中で、皆さんにも徐々に知られるようになりました。
私は「医療人類学」という学問を勉強しています。この領域は、どうして病や苦しみが生まれるのか、それに対して社会は何ができるのかを考えます。
「落ち着きのない人」「ひどく痩せている子」が医療の対象に
例えば少し前までは、うつ病は単に鬱々と元気のない人と捉えられていたでしょうし、発達障害は落ち着きのない子、摂食障害はひどく痩せている子、認知症は年をとって自然と呆けた人と捉えられていたでしょう。
以前なら自然な人生の一部として考えられていた現象が、今では病として、医療的介入の対象となっています。このような「医療化」の現象によって、私達のアイデンティティがどう変化していったのかを考えます。
うつ病、認知症と病名がつくと何が変わるか
例えば現在、うつ病が世界的に流行する中で、日々の生きづらさについて考える人も増えています。働きすぎて眠れなかったり、いじめられ差別されて辛いのに、感情を押し殺してがんばろうとすると、心身が悲鳴を上げたりして、病に陥ってしまいます。
現在では、そのような気づきから、インターネットのうつ病診断や、職場でのストレスチェックなど、心を振り返る技術も発展し始めています。また、中高年以降の人々が、認知症に怯え、日々脳や身体を鍛えようとしています。人々が自分のことを、精神医学的な言葉を用いて考え、観察するようになると、何が起こるのでしょうか。
心の病には生き様、環境、社会が影響する
医療者は、苦しみをなくそうと日々努力しています。それでも、時に苦しみの根絶にはなかなか至りません。特に心の病は、特効薬ですぐに解決ということが難しい領域です。なぜなら、そこには脳や身体のバイオロジカルな問題だけでなく、その人の生き様や、置かれた境遇、社会の構造といった様々なことが影響してくるからです。
医療人類学では、こういった病の複雑さに、人類学の視点からアプローチします。そして、どうすれば皆がより生きやすい社会を創っていけるのかを考えます。
生きづらさについて考えることで、より生きやすい社会を創ろうと考えています。うつ病は現在、心臓疾患に次いで二番目に社会に広く損害を与える病として知られています。また認知症も、人々のライフサイクルを大きく変える病として、社会の早急な対応が求められています。
精神障害の多くは原因もまだ十分に解明されておらず、完全な治療法もありませんが、 社会的介入により、これを病む人々がはるかに生きやすくなることがわかっている病です。また社会によって、精神障害に対するまなざしも、時に大きく異なってきます。より生きやすい社会を考えていくにあたって、自然科学としての医学だけでなく、社会科学としての人類学が貢献できることの多い領域です。
「地域精神医療における認知症と「自己参加型医療」:医療人類学的分析」
Margaret Lock
McGill University Faculty of Medicine and Health Sciences
更年期、脳死臓器移植、認知症の研究を通じて、医療が私たちの生活をどう変えていったのかを、特に日本と北米の比較調査のもとに明らかにしました。医療人類学の大御所であり、私の指導教授でもあります。
Allan Young
McGill University Faculty of Medicine and Health Sciences
PTSD(Post Traumatic Stress Disorders)という疾患が歴史的にどう台頭し、それが実際の臨床現場でどのように語られ、人々の意識を変えていったのかを明らかにし、精神医学が創り出す自己を描き出しました。精神医学の人類学の第一人者であり、私の指導教授でもあります。
広い意味での生きづらさについて扱います。美とジェンダー観の変遷や、心理的労働である「感情労働」についても話します。学生も飲食店などでアルバイトをする際に、理不尽な要求をする客や暴言を吐く上司に対しても、笑顔で接せざるをえないという状況を経験することが少なくないでしょう。モラハラ家族を持つ人々も、同じ状況かもしれません。
自分の本当の気持ちを抑えて、感情を管理し続けると、心が疲れてしまいます。さらには怒りや傷ついた気持ちを隠して、笑顔の自分を演じ続けていると、本当の自分がどこにいるかもわからなくなってしまいます。生きづらさを隠し、親や周囲の期待に必死に応えようとする人々は、しばしば心の病に陥ります。
「こうあるべき」という理想的自己に縛られるあまり、「自分は本当ならこうしたい」という心の声を無視し続けることで、体までもが悲鳴を上げてしまうといったことから、心と社会がどうつながっているのかについて、ディスカッションを始めます。
◆座談会 ベッドとベンチの相互協力をめざす精神医学研究の発展(医学書院)
◆うつ病が「人生の苦悩」から「脳の疾患」に変化したことの意味(講談社現代ビジネス)
◆Top of The heap: Junko Kitanaka(somatosphere)
◆The Borders of Sanity Depression in Japan(BBC RADIO)
◆Depression in Japan : Psychiatric Cures for a Society in Distress(THE WORLD UNIVERSITY RANKING)
◆主な業種
(1) メディア
(2) リサーチ(シンクタンク等)・コンサルタント
(3) 幅広い一般企業
◆学んだことはどう生きる?
NHKをはじめとするテレビ局や、出版社・新聞社に進んだ学生さんたちは、ゼミで学んだ医療やコミュニティの治療文化といったテーマを深め、独自の視点で番組を作っています。また、福祉関係に進んだ方や、海外で仕事をする方も、ゼミで学んだ文化人類学の視点を活かし、時には容易に理解できない相手とどう向き合い、共感を可能にしていくのかを考えているようです。
就職してからも、節目節目で卒論を読み返したという人や、卒業してもゼミの飲み会に参加し続けてくれるメンバーも多く、後輩の面倒をよく見てくれるのも嬉しい点です。
慶應義塾大学文学部は、17専攻あり、哲学・文学から脳科学を扱う心理学や、人類学だけでなく、ビッグデータについても学べる人間科学まで、幅広い領域をカバーしています。異なる専攻や学部の授業を取る人たちも多く、自分の関心に合わせて、広くも、また深くも勉強できる環境です。また世界中から一流の研究者が訪れ、交流をしており、学部時代から先端の研究に触れることができるのも魅力の一つです。
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ? 医療人類学 |
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Q2.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? アメリカかカナダ。学問の基盤を作ってくれたのは北米だから。 |
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Q3.一番聴いている音楽アーティストは? ビートルズをよく聞きます。その中でも『Hey Jude 』がお気に入りです。アメリカの高校のオーケストラ部の友人たちが、お別れの時に「Hey June 」と編曲して演奏・歌ってくれたので。 |
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Q4.大学時代のアルバイトでユニークだったものは? TV局の選挙速報 |
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Q5.会ってみたい有名人は? John Lennon |