かもめ
チェーホフ、訳:沼野充義(集英社文庫)
『かもめ』は、アントン・チェーホフが1895年に書いた戯曲です。『かもめ』をはじめとするチェーホフの戯曲は、時をおいて読み返すごとに、登場人物の感情や性格について新しい発見をもたらしてくれます。若い時に読むのと、中年、老年になってから読むのでは、作品がまったく違った顔を見せると思いますので、ぜひ最初は若い時に読んでみてください。
日本語にも何度も翻訳されていますので、書店で最初のページを読み比べて自分の好きな翻訳を探すのも興味深いと思いますが、沼野充義氏の新しい翻訳がおすすめです。翻訳とは、本来この名訳のように長年の研究と経験の賜物であり、優れた翻訳は、魅力溢れる未知の世界への扉を開いてくれます。
文化統制期と国家崩壊の混乱期を、ロシアの作家はどう生きたか
人類の強さや人間が陥る過ちを教えてくれる
私の主な専門は、20世紀初頭から現代にかけてのロシア美術・文学・文化です。ソ連時代の文化統制、国家崩壊、新生国家の混乱期などを経験した作家たちが、どのような創作活動を行い、文化をめぐる状況がどのように変化してきたのかを、通史的に研究しています。
混迷の時代や困難な状況の中で、作家、詩人、芸術家がどのように生き、創作したかを知ることは、人類の強さや力、あるいは人間が陥りがちな過ちを歴史に学ぶことでもあり、現代の私たちの社会について考えることにもつながっています。
世界初の南極国際芸術祭にも参加
研究の基盤となるのは、各作家についての研究です。作品が源泉とするロシアや世界の多様な文化を学びつつ、作品を研究し、作家に会うために世界中どこへでも出かけていきます。
2017年には、ロシアの芸術家アレクサンドル・ポノマリョフが主宰した世界初の南極国際芸術祭である南極ビエンナーレに参加し、各国の100名の芸術家、研究者らと南極で12日間、活動を共にしました。
作家や作品についての情報発信はライフワーク
大学でロシア語や文化を教える一方で、NHKラジオロシア語講座、絵本の翻訳、ロシア美術の展覧会企画、芸術祭にも携わってきました。自分が良いと信じる作品や作家を発見し、研究し、絵本や展覧会などの形で紹介することは、同世代や次世代の子どもたちへのプレゼントにもなり、自分のライフワークだと感じています。
文学研究、外国文化研究は、他者の言葉や思想を理解する人間生活の基盤となる活動であり、文化の研究と紹介は、国際交流や相互理解、共生、世界平和の実現にも不可欠だと考えています。
「現代ロシア文学と視覚芸術・音楽の相関性に関するジャンル横断的研究」
ロシア文化だけでなく、表象文化、現代美術、芸術と社会の関わりなどについての授業(「複合文化学演習」)を担当しています。現代ロシア美術コーディネーターとして、自分も関わっている日本の芸術祭(「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」、「瀬戸内国際芸術祭」など)も授業で取り上げています。
早稲田大学教育学部複合文化学科が目指すのは、「様々な分野や要素にまたがる複合現象としての文化のあり方や性格について、多様なアプローチを通して考察すること、そしてそのようなアプローチを可能にするスキルを身につけること」です。
私の専門であるロシア文学も、他のジャンル(美術、映画、音楽)や社会、歴史、そして他国の文化とも密接に関わっています。文化を多面的、複合的に考える場であるこの学科は、社会や人間への理解を深めるためにも重要な学科だと実感しています。
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ? きっとまた、ロシアの文化を専攻するでしょう。子どもの頃から未知の世界や冒険に憧れ、絵本や文学作品、絵画などを通じて海外の文化に興味を持ちました。ロシア文化を専攻することで、大学に入ってから30年近く、ロシアのみならず、研究対象のロシア人作家や芸術家が暮らす様々な国を訪れ、詩人や芸術家と親しんで彼らの世界観や考え方を直接見聞きし、対話することができたのは、私には大きな喜びでした。 1999年から2002年にかけてモスクワに留学していましたが、その時、ロシア南部で第2次チェチェン戦争が勃発し、モスクワでも爆破事件が起こりました。辛い思いもしましたが、戦争で人々の心がどのように変わるのか、排外主義の高まりの過程、文化は戦争時にもどのように力を持ちうるのかなどを考えることができたのは、とても貴重な体験でした。国境や民族を超えて互いの文化や歴史、社会を知ることは、人々が相互に理解を深め、共に尊重しあって生きていくために大切なことだと痛感しました。 当初は未知の世界に憧れて学び始めたロシア文化でしたが、留学と戦争を経て今は、自分がロシア文化を学び、文化交流を進めていくことで、未来の平和な世界を築くのに少しでも貢献したいと考えています。 |
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Q2.感動した映画は?印象に残っている映画は? アンドレイ・タルコフスキーの『僕の村は戦場だった』。1962年制作のロシア映画です。第2次世界大戦下での子供と兵士の触れ合いを通じて戦争の悲しさを描いた名作で、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞しました。 |
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Q3.研究以外で楽しいことは? ロシアに限らず、古今東西の映画を見る時間が楽しみです。例えあまり完成度の高くない映画を選んで見てしまったとしても、「なぜある年代にある地域でこうした作品が生まれたのか」や、当時の人気作だった場合、「なぜ人々はこの作品に魅力を感じたのか」という背景を考えるのも興味深いです。 |
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Q4.会ってみたい有名人は? 素晴らしい詩を書くロシアの詩人や、心に触れる作品を制作するロシアのアーティストには会ってみたいと思うことが多いのですが、思い立ったら実際に会いに行ってしまいます。長い文化統制の中で創作を続けてきたロシアの詩人や作家は、自分の作品に関心を持つ人を分け隔てなく受け入れてくれる方が多く、初めてお会いしたのに古くからの友達のように接してくれることもしばしばです。 もしタイムマシンがあったなら、イエス・キリスト、聖徳太子などに会って、人となりを知りたいです。作家の遠藤周作さんにもお会いしたかったです。遠藤周作さんの小説やエッセーを高校時代に多数読みましたが、人の弱さや悲しみを知った上で、ユーモアを持って優しく接してくれる方だったのではないかと想像しています。 |