スマホ、ウェアラブルデバイスの普及で、人の動作を簡単に計測できるようになりました。モバイルコンピューティングに取り組む長谷川達人先生は、AIが人の行動をどのように認識するかという技術開発に取り組んでいます。AIも戦うことで成長できる、そんな人間に似た人工知能の側面が垣間見える、ユニークな研究です。
2つのAIを戦わせて、人の行動を正確に認識する
加速度センサーの行動波形を、AIを使って識別
スマートフォンを使うと、皆さんの行動を知ることができます。例えば歩いて学校に向かっているという行動、はたまた走って転んで痛い思いをしてしまったっていう行動など様々な情報を観測することができます。この行動データが徐々に蓄積されていくと、近い将来を予測できるようになるかもしれません。例えば、明日駅に向かいそうなので、電車の時間を事前に調べておいてくれる、といった自動サービスも実現できるかもしれません。
では人間の行動という情報を、スマートフォンはどうやって認識しているのでしょうか。私の研究では加速度センサを使って、人の行動を認識する技術を開発しています。加速度センサとは、動きを認識することができるセンサです。立ち止まっていると一定の値を観測し続けますが、人が歩き出すとスマートフォンも一緒に動くので、ゆれた波のような値が観測されます。走ったり踊ったり、激しい動きをすると、激しい波形が観測されます。
このように、人の動作によって計測される波形の形が変わるので、波形の形を分析することで走っているのか、歩いているのかを、予測することができます。私はディープラーニングと呼ばれるAIを使って、この行動予測技術を開発しています。AIに対して、緩やかな波形の時には歩いている、激しい波形の時は走っているといったようなこの対応関係をAIに学習してもらいます。事前に過去の事例をAIにたくさん学ばせることで、新しい波形が来た時に波形の形状からAIが人の行動を予測できるようになります。
2つのAIを戦わせると行動認識精度が向上!
私の手法の面白い点は、2つのAIを用いたことです。センサのデータには様々な特性があります。例えば、スマートフォンとスマートウォッチでは、計測される時間間隔(サンプリング周波数)が異なります。このように、何らかの特性を持った片一方のセンサデータだけでAIを学習させると、未知の特性xのデータが与えられた時に予測がうまくいかなくなるということがよく起こります。
そこで、この特性という情報も勉強に使うことにします。私の開発した2つのAIを戦わせる手法では、AI(A)は行動が識別できるように勉強し、AI(B)は特性が識別できないよう互いに勉強します。この研究の面白いところは戦わせるということです。類似の手法として2つのAIを協力させるという手法があります。要するに、行動も特性も両方とも識別できるように2つのAIが協力しながら勉強する方法です。ですが、今回のように色々な特性に影響を受けないモデルを作りたい時にはこの手法はうまく働きません。2つのAIをあえて戦わせた事によって、センサの特性の違いを気にしない行動認識AIを作ることができます。
この手法のユニークな点は、2つのAIを戦わせるという点です。それは受験勉強に似ています。例えば、特定のある学校Aの問題とわかった状態でたくさん受験勉強すると、その学校の問題はよく解けるようになりますが、未知の学校xの問題はあまり解けなくなりますね。一方で、学校の名前がわからなくなるようにして、学校Aとか学校Bとか…たくさん問題を解くと、どの学校の入試問題も解けるような汎用的な知識を獲得することができます。そういう話とちょっと似ています。
それと同様に私たちの研究でも、非常に面白い結果が得られました。一般的なAIでの未知の特性xに対する推定精度は、81パーセントでした。これに対して、AIを戦わせるという手法を採用したことによって、84パーセントに向上したのです。それとは逆に、2つのAIを協力させると、不思議なことに、識別精度が下がることもわかりました。このように同じデータを使っているのに、学習方法を変えるだけで、精度が上がったり下がったりするということが起こるのです。
AIも人間のように、勉強方法の違いでテストの点数に差が出てくる点が面白いですね。このように、私の研究室では様々な状況でうまく動作するAIの開発を行っています。
◆先生は研究テーマをどのように見つけたのでしょうか。
元々、携帯機器が身近で楽しいと感じており、より便利にしたいと考えていました。その過程でAIを学び、AIを活用した先進的な携帯機器(現在だとスマートフォンやウェアラブルデバイス)を開発したいと思い、現在の研究に繋がっています。個人的には、工学の研究の根本はモノづくりに起因すると思います。何でも良いので作りたいものを作るところから始めると、新しい研究につながるかもしれません。
◆先生の研究室の卒業生は、どんな仕事についていますか。
IT系企業でエンジニアをしている学生が多いと思います。一部は今も機械学習の知識を活かした職種にいるようです。