医学の中で、心臓および血管を対象とした学問が、循環器内科学です。最近盛んに研究されるのは、難治性の心疾患の原因となる遺伝子や分子の異常を解明すること、診断に役立つ新たなバイオマーカーを見つけること、遺伝子治療や細胞治療・再生医療の検討をすることなどです。
ヒトのゲノムは30億塩基対ありますが、人によって遺伝情報の異なる部位が数多くあり、それらを遺伝子多型と呼びます。心疾患の治療においても、疾患と遺伝子多型の関連を数多くの人を対象として研究したことによって、今まで想定されていなかった遺伝子やタンパクが疾患と関係が深いことが明らかになり、それらの遺伝子や分子レベルでの働きの解析が進められています。
心臓は心筋と呼ばれる筋肉からできていて、4つの部屋に分かれています。そのうち「心房」という2つの部屋で起こる不整脈を、心房細動と言います。心房細動は日本でも約100万人が罹患している最も頻度の高い不整脈で、高齢になると発症率が上がります。動悸などの自覚症状で苦しむ人もいますが、約40%の人は無症状です。心房細動自体は直ちに命を落とす病気ではありませんが、心房細動では脳梗塞を合併することが多く、突然の脳梗塞で死亡あるいは寝たきり・半身麻痺などになることがあります。
この心房細動の発症メカニズムを分子レベルで解明することを第一の目的として、研究を行っています。その結果、心房細動の発症に関与する分子の発現変化とその機能を解明しました。また、多くのマイクロRNAが病態に関与していることや、全身性の合併症の基盤に心房から放出されるセルフリーDNAが重要だということなどを解明してきました。
また、これらの研究結果を社会に還元すべく、心房細動や脳梗塞の発症リスクを予測して、予防医療につなげることを目指しています。健康診断で行うような通常の血液検査から、遺伝子多型・マイクロRNA・セルフリーDNAなどを調べて疾患発症リスクを評価することができます。また、心房の電気的な変化を見るために、一般の健康診断で行うような心電図検査の新たな解析法を開発しています。深層学習の応用や、新しい周波数解析の応用で、目には見えない変化を検出して発症を予測し、心房細動や脳梗塞を予防することを目指しています。
心臓突然死の遺伝子異常の発見を目指す!
心臓突然死に関連する、遺伝子異常の発見にも取り組んでいます。心臓突然死は突然生じ、数分以内に電気ショックを行わないと助からない、重篤な疾患です。心臓突然死は心筋梗塞などに伴って生じることも多いのですが、もともと健康であり、まったく心臓の異常が認められない方でも、心室細動という不整脈が生じると突然死を起こします。しかしながら、現在はそのような心臓突然死を起こしやすい人を予測することは困難です。
近年、心臓突然死に関連する遺伝子変異が見つかっています。我々は、遺伝子検査で心臓突然死に関連する遺伝子変異を見つけ、その変異遺伝子の機能解析を行って、心室細動による心臓突然死のメカニズムの解明を行っています。心臓突然死に関連する遺伝子変異の情報が増えてくれば、あらかじめリスクの高い人を選別して、運動など危険性の高い活動を制限したり、AED(自動体外式除細動器)の用意をしたりするなどの対応が可能になり、突然の悲劇を予防することができます。
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「12.医療・健康」の「46.医学(心臓、血液、消化器、呼吸器、整形外科等)」
一般的な傾向は?
●主な職種は→病院の勤務医、大学での研究職、病院の検査部で検査技師として勤務、企業や大学の研究職
●業務の特徴は→現代医療はチームで行います。卒業生は、診断および直接の治療にあたる医師として、また血液検査・心電図や超音波検査などを担当する臨床検査技師として、医療チームの一員として働きます。
分野はどう活かされる?
当分野は、心臓、特に不整脈の研究を行っています。そのため医師の場合は、卒業後初期研修医を経て循環器内科の道に進み、不整脈のカテーテル治療の専門医や基礎研究の道に進む人がいます。臨床検査技師の場合は、病院の検査部の中でも生理検査の部署で、心電図や超音波検査・血管機能の検査を担当する人がいます。また、企業に研究職として就職し、生体信号を感知する新たなセンサーの開発などを通して、研究を継続している人もいます。
東京医科歯科大学は、医学部・歯学部、大学院および附置研究所からなる、医系総合大学院大学です。基礎研究・臨床研究共に盛んで、研究マインドのある、physician scientistの育成を行っています。保健衛生学科においても、研究力のある臨床検査技師育成を目指しています。
循環器内科では、東京医科歯科大学は伝統的に不整脈研究に力を入れています。臨床研究としては、カテーテルアブレーションによる不整脈治療が盛んです。基礎研究としては、イオンチャネルを対象とした電気生理学および細胞生物学的な研究をしており、遺伝子改変マウスおよび生活習慣病モデルマウスを用いて、マウスの心臓を高精細にマッピングする技術を用いて心房細動のメカニズムの解明を行っています。
また、それらの基礎的な知見を臨床に応用するために、新しい心臓の電気生理学評価法の開発を行っており、基礎と臨床をつなぐ、トランスレーショナルリサーチを行っています。
人体は、まだまだ多くの謎に包まれており、新しい発見に満ちあふれています。また、研究の成果を臨床の現場に応用して、社会貢献に役立てることもできる、可能性にあふれた分野です。生物学が得意な人も、物理や工学的アプローチが得意な人も、プログラミングなどが得意な人も、それぞれ自分の強みを生かすことができる、面白い領域だと思います。
心筋細胞の活動電位やイオンチャネルの働き、また細胞間伝導を担うギャップ結合の働きまでは、高校生物で学習するはずです。細胞実験や動物実験を行うことは難しいですが、イオンチャネルの発現量の変化や遺伝子変異による機能の変化を考え、活動電位に与える影響や不整脈発症のメカニズムを調べることができます。
文献で勉強する以外には、プログラミングが得意な学生であれば、心筋細胞の活動電位をシミュレートするプログラムが発表されています(Luo-Rudy modelなど)。C言語を少し勉強すれば、イオンチャネルの発現や機能の微少な変化が心筋細胞の活動電位にどう影響するか、勉強できると思います。
また、機械学習や深層学習を用いて、心電図や脈波信号を学習し、新しい診断を開発することなどにも挑戦できると思います。心電図のデータは、Physionetなど公開されているデータベースから得ることができるので、工夫次第でいろいろな学習を試すことができます。
突然死の話 あなたの心臓に潜む危機
沖重薫(中公新書)
心臓突然死の具体例を挙げて、どのような病態で突然死につながる不整脈が発症するのか、比較的簡潔に説明している。心臓突然死研究の手始めとしてイメージをつかむのによいと思われる。この本は循環器内科学という学問で学ぶ心臓突然死や、高齢者に多い心房細動という不整脈の疾患そのものの理解に適している。
これらのバックグラウンドを学ぶと、それぞれの疾患に対する発症予測と、予防的な治療の重要性が理解できると考えられる。予防的な治療は、先に制するという意味で、先制医療と呼ばれている。この先制医療をどのように進めるべきなのか、ゲノム医学の観点からのアプローチについて触れている。
Revolution 心房細動に出会ったら
山下武志(メディカルサイエンス社)
心房細動とは、高齢者に多く見られる不整脈のこと。心臓の心房内に伝える電気信号が通常1分間に60~100回に対し、1分間に350~600回の不規則な電気信号が発生し、心房全体が小刻みに震え、心房の正しい収縮と拡張ができなくなる疾患だ。この本は、循環器内科や不整脈を専門としていない医師などを対象とした本だが、内容は割り切りよく書いてあり、わからない用語などを調べながらであれば、高校生でも十分ついて行けるのではと思われる。
本書は2008年に出版されたが、わずかな期間にかつては地味な不整脈だった「心房細動」をめぐる環境は激変したと著者は感じ、題名に“Revolution”の文字を付加して、出版し直されたものである。