フグは食いたし命は惜しし、ということわざがあります。フグ毒で有名なテトロドトキシンは、わずか2 mg程度で成人を死に至らしめる強力な神経毒です。フグは、日本人にとって、その毒の危険性があるがゆえに神秘的で、食欲や知的好奇心をかき立てる生物です。わが国以外でそのような食文化を持つ国はあまりありません。
フグが毒を持つ理由については、細菌群によって生合成されたテトロドトキシンが、食物連鎖を通じてフグなどの有毒生物に蓄積されたという考え方が定着しつつあります。しかし、それ以上の機構についてはまだあまりよくわかっていませんでした。
養殖トラフグの肝が食べられるようになる!?
私は不明な点が多く残されているフグにおけるフグ毒の蓄積機構に関する研究に取り組んでいます。これまでにクサフグがとても近い仲間のヒガンフグの有毒卵を食べてフグ毒を効率的に獲得していることを明らかにしました。またこれとは別に、フグ毒を保有する魚は、プラナリアに近い仲間の有毒ヒラムシを頻繁に食べて毒を獲得していることも明らかにしてきました。
一方で、この蓄積したフグ毒を何に使っているのかについても研究を進めています。生まれたばかりのトラフグやクサフグの仔魚(赤ちゃん)を捕食者に食べさせる実験をしたところ、捕食者はフグの仔魚を捕食してもすぐに吐き出してしまうという興味深い事実を発見しました。フグの仔魚は肝臓や卵巣にではなく、体の表面にテトロドトキシンを蓄積し、身を守っていたのです。
フグ毒の蓄積は天然フグに限られ、配合飼料のみを与えた養殖トラフグは、毒を保有しないことが報告されています。このことから、フグ毒の蓄積の仕組みが明らかになれば、養殖トラフグの肝臓を食べることができるようになる可能性があります。養殖トラフグの肝臓の可食化は、現在世界から注目されている「和食」で、新たな食文化を開拓できる可能性を秘めています。
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「8.食・農・動植物」の「28.水産資源、養殖」
一般的な傾向は?
●主な業種は→食品製造・小売、製薬、流通、養殖、公務員
●主な職種は→営業、販売、検査業務、研究員、教員
●業務の特徴は→海洋生物や海洋環境の知識にもとづく視点で携わることができる
分野はどう活かされる?
水産食品の輸入・加工・販売――近年のわが国においては、食品の多くを輸入に頼っており、水産物も例外ではありません。この水産加工食品原料の輸入に際して、検査・品質管理等が必要になりますが、本学科の卒業生は、税関や流通会社、検査機関、食品会社など、様々な立ち位置で活躍しています。また、地方の水産試験場などで卒業研究および大学院での経験を活かし、研究員(公務員)や教員として活躍しています。
本学科では、中学・高校の理科、および水産高校の教員免許を取得でき、これは全国的にも珍しいのです。在学中に学んだ知識や取得した資格(学芸員、船舶免許、潜水士、スキューバダイビング等)を生かして、水族館で飼育員として活躍する卒業生も多くいます。この他、毎年大学院へ進学する学生も多く、進学先は日本大学大学院のほか、東京大学や東京海洋大学の大学院に進学しています。
もともと研究対象が非常に幅広いため、未知の領域が際限なく存在する魅力的な分野です。そのため、自分の進路を絞り切れない受験生にとっては、大学進学後に学びながら自分の進路を模索することが可能な分野であると考えています。実際に、この分野で研究を進めていくと、さらにわからないこと、解決する必要があることが次々と見えてくるため(これはどんな研究分野でも同じですが)、常に新しい興味を持って取り組むことができます。
所属学科では、この新たな問題を解決する能力を開花させるべく、実験・実習・演習を多く設定したカリキュラムを施行しています。メインの藤沢キャンパスが海に近く、採取した海洋生物を素早くキャンパスに持ち帰り、研究に使用することができます。また、静岡県の下田市に臨海実験所があり、実習や実験で利用しています。新型コロナ感染症により、座学はオンライン講義が中心になってしまいましたが(一部対面講義)、実験・実習は対面で実施しています。
フグ毒に関する研究は、その生合成機構を明らかにするために取り組んでいますが、食品衛生や生態系を考える視点、フグ毒を持つ生物とこれに関わる生物たちの行動に観察する目が求められます。これらの視点を活かしながら機器分析や生物の飼育、フィールドに出てこれら生物を採取するなど、様々な調査・研究を行う必要があります。
そのため、他大学の先生方と共同研究を行いながら協力して取り組んでいます。その一例として、長崎大学の練習船長崎丸による沖縄および石垣島・西表島での調査に参加させていただき、これまでにおもしろい結果が得られています。皆さんもぜひこの研究に取り組んでみませんか。
テトロドトキシンの生物学的意義とフグ毒中毒(食の安全・安心にかかわる最近の話題8)モダンメディア2018年7月号(第64巻7号)
糸井史朗
フグ毒の生物学的意義とフグ毒による中毒について最新の知見も交えて紹介している。
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