応用生物化学

植物が持つエネルギー変換装置「葉緑体」の理解と利活用を目指して


稲葉丈人先生

宮崎大学 農学部 植物生産環境科学科(農学研究科 農学専攻)

どんなことを研究していますか?

植物由来の代謝産物は、食品、医薬品、化粧品、衣料など様々な形で日常生活に利用されています。また、化石燃料も植物により光エネルギーが変換されたものなので、これも植物代謝産物が形を変えたものであると言ってよいでしょう。このように多様な代謝産物を生産する上で中心的な役割を果たしているのが、「葉緑体」です。私たちの研究室では、葉緑体の「カタチづくり」「環境適応」の分子メカニズムの解明と、代謝機能を改良するための基礎的な研究を行っています。

葉緑体機能を最適化するメカニズムの解明とその応用

現在、研究室で行っている代表的なテーマとして挙げられるのが、「植物自身が葉緑体の機能を最適化する仕組み」の解明です。葉緑体は「シアノバクテリア」という別の生き物が真核細胞に取り込まれることで生じた細胞小器官です。

葉緑体の祖先となったシアノバクテリアはもともと3,000種類以上の遺伝子を自分で持っていましたが、進化の過程でその大部分は宿主の核ゲノムに移行してしまいました。そのため、葉緑体が機能するためには核に移行した遺伝子が機能して、その産物であるタンパク質が葉緑体内に取り込まれる必要があります。

私たちは、「葉緑体が『必要な時』に『必要な量』のタンパク質を取り込むために、どのような調節機構が働いているのか」ということに興味を持って研究を行っています。私たちの研究により、こうした調節には葉緑体が核に送るシグナルである「レトログレードシグナル」が重要な役割を果たしていることが明らかになってきました。

研究室で行っているもう一つのテーマが、葉緑体への二酸化炭素(CO2)濃縮機構の導入に関する研究です。葉緑体が行う光合成では二酸化炭素を固定して、糖に変換します。化石燃料の消費により大気中のCO2濃度は上昇し続けていますが、それでも植物にとってはまだ「CO2不足」の状態なんです。

そこで期待されているのが、「CO2ポンプ」を葉緑体に導入して葉緑体内のCO2濃度を上昇させようという試みです。一つ目のテーマが基礎研究なら、このテーマは応用研究と言えます。うまくいけば植物の光合成能を改良することができるので、食料・環境問題の解決にも貢献できると夢を持って研究しています。

共焦点レーザー顕微鏡によるシロイヌナズナの細胞観察。赤色は葉緑体を、緑色は緑色蛍光タンパク質の蛍光を示しています。核に局在するタンパク質に緑色蛍光タンパク質を融合しているので、核が緑色蛍光を発しています。
共焦点レーザー顕微鏡によるシロイヌナズナの細胞観察。赤色は葉緑体を、緑色は緑色蛍光タンパク質の蛍光を示しています。核に局在するタンパク質に緑色蛍光タンパク質を融合しているので、核が緑色蛍光を発しています。
この分野はどこで学べる?
学生はどんなところに就職?

一般的な傾向は?

●主な業種→公務員(都道府県)・化学メーカー・電機メーカー・外食産業・農業資材メーカー・種苗会社など

●主な職種→研究職・総合職・営業職など

分野はどう活かされる?

公務員(農学系)や農業資材メーカー・種苗会社は、学んだことを直接生かせる分野と言えるでしょう。化学メーカーや電機メーカーは意外かもしれませんが、植物由来の化学物質は私たちの生活に欠かせないですし、冷蔵庫のような電機製品の中には植物(野菜・果物)が入っています。自分次第で、いろいろな分野で活躍できます。

先生の学部・学科はどんなとこ

宮崎大学農学部植物生産環境科学科では、農学に関する先端的な知識を幅広く習得することができます。もともと農作物の栽培や生産に関する教育研究が中心の学科だったので、講義や実習の中には現場に近い科目が数多く含まれます。

一方で、技術の進歩に伴い、研究室では遺伝子・細胞レベルの研究をする教員が多くなってきました。具体例としては、発熱植物の発熱分子機構に関する研究、カンキツの自家不和合性に関する研究、植物ウイルスに関する研究、果樹の組織培養に関する研究などが挙げられます。

また、農業現場に関する知識も習得できるカリキュラムになっているので、公務員試験にも強く、卒業・修了後に都道府県が有する農業試験場や研究所で活躍している人もいます。いわゆる泥臭い実習も少なからずありますが、こうしたカリキュラムが皆さんの将来の選択肢を広げるために役立っています。

もっと先生の研究・研究室を見てみよう
先生からひとこと

研究では「何がわかっていて、何がわかっていないのか」をきちんと整理する必要があります。理系の学問分野はどの分野も積み上げ式なので、まずは大学に入ってからの勉強をしっかりやることが、研究に進む前に必要不可欠です。

その上で、実際の研究はうまくいかない(作業仮説が間違っている)ことの方が多いので、最後は粘り強さや根性が大事になってくると感じます。そして粘り強さを支える根源が「好奇心」だと思います。是非、好奇心を持ち続けてほしいです。

先生の研究に挑戦しよう!

植物が怪我をしたらどうなるでしょう。スーパーで豆苗(とうみょう)を買ってきて、茎を食べた後、残った根と豆を使って水耕栽培してみましょう。そして、どこから芽が出てくるか観察してみましょう。植物が持つユニークな性質によるものですが、答えを生物の教科書・資料集で見つけられるでしょうか。

興味がわいたら~先生おすすめ本

救え!世界の食料危機 ここまできた遺伝子組換え作物

日本学術振興会、植物バイオ第160委員会:監(化学同人)

遺伝子組み換え作物は私たちの生活にすでに浸透していますが、科学的な情報が非常に限られています。そもそも「自然界に遺伝子組み換え植物を作る細菌がいる」ということを知っている人は少ないと思います。遺伝子組み換え植物について科学的に解説した本であり、農学・植物科学以外を目指す人にも、ぜひ読んで欲しい一冊。


人を動かす

デール・カーネギー 山口博:訳(創元社)

あらゆる自己啓発本の原点と言われる名著。研究や仕事を進めるには単に頭が良いだけではダメで、いろいろな人と良い人間関係を築き協力することが不可欠です。専門とは関係ありませんが、社会に出てから役に立つ一冊として、ぜひ読んで欲しい本。



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