高校化学でもおなじみのベンゼン環は、6個の炭素原子からなる正六角形の構造をしています。これを炭素―炭素結合といいます。炭素は、それ自身が長い連鎖を形成するというユニークな特性を持っています。炭素鎖によってできた分子は生命にとって重要なものです。そのため炭素を中心とする化合物は有機化学という一つの研究分野を形成しています。
この炭素―炭素結合で今もっとも注目されるものに、炭素の同素体の一つであるグラフェンという物質があります。同じく炭素の同素体の一つであるダイヤモンドは炭素が三次元状につながった構造を持つのに対して、グラフェンは炭素原子1層の厚さで網状につながった構造をしています。非常に薄い炭素原子のシートで、シリコンに代わる新しい半導体素子として有望視されています。
グラフェンの部分構造を持つ新しい化合物を目指した
合成化学の分野の中で、私は有機合成化学、有機金属化学を専門にしています。有機化合物の中に多く存在する結合の一つに炭素―水素結合があります。ただしこの結合は結合エネルギーが大きいため不活性で、そのままでは有機合成に使うことは困難です。
1993年、私たちは世界に先がけ、金属錯体触媒を用いて不活性炭素-水素結合を活性化し、ベンゼン環から水素を切り離し、それによって炭素-炭素結合を生成することに成功しました。
現在、その技術を使って、グラフェンの部分構造を持つ化合物をサイズ・構造をそろえて合成することを目指しています。新しい物質ができれば、新しい技術や製品を生むことにつながると考えています。
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「17.化学・化学工学」の「68.有機化学、合成化学(薬設計の技術)」
一般的な傾向は?
●主な業種は→総合化学会社、製薬会社
●主な職種は→研究職
●業務の特徴は→物質を合成する新しい方法の開発、新機能を持つ物質の創製、既存製品の製造工程の効率化
分野はどう活かされる?
有機合成化学分野の研究を行えば、有機化合物を取り扱う様々な知識が習得されます。また、大学での研究の途上で得た経験や知識として習得した内容を使えば、様々な物質を適材適所に利用することができます。研究を通して得た物は、有機合成だけでなく様々な業務において知識として使われています。
慶應義塾大学理工学部化学科では、有機化学・無機化学・物理化学分野の教員がそれぞれ世界を牽引する研究を行っており、20年後にも必ず活用される学問・技術を確立することを念頭に置いて研究を行っています。
研究分野は異なりますが、教員同士が高い研究意識を持って共鳴し合って研究を行っています。10研究室という小規模の利点を使って、研究者同士が互いに連携しながら世界を牽引できる分野を多く作っています。
私の場合、炭素-水素結合を利用した合成反応の開発を行っていますが、有機合成化学の手法だけでなく、電気化学的手法を使っています。これにより、高価・高反応性の試薬を使うことなく、将来的に安全・安定供給できる電気をあたかも化学試薬のように使い、触媒反応を組み上げることにも挑戦し、成功しました。初めて挑戦する分野は、学科に居る教員とタッグを組んで研究をすることにより、倍にも3倍にも研究の幅と深さを広げることができます。
世界から注目され追随される研究を常に行っていることから、世界最先端の研究者が多く来訪し、また研究者との幅広い交流を通して、グローバルな視線で学問・研究を捉える力が付きます。
授業も特定の著者が書いた教科書に沿った内容ではなく、教員が独自に作成したテキストを使って、より必要性が高い内容を吟味した基礎的な内容から専門的な内容までを系統立てて教えるなど、世界に通用する化学を教育しています。
高校生に以下のようなことを伝えたい。有機合成化学は長きにわたって蓄積された分子変換法や化合物の持つ性質を理解し、それらを活用して新しい物を作り、また新しい性質を分子に発現さることを行ってきました。
石油に代表される枯渇エネルギーを湯水のように使って行われてきた化学工業は、現在、枯渇資源の使用量を削減できるプロセスへの切り替えが急ピッチで全世界的に行われています。このような急激な変化を余儀なくされている現状で、20年後、30年後にも通用する化学技術を作るためには、元素を無駄にせず、エネルギー消費を抑制した技術を作り上げる必要があります。
1970年代、日本が対応に苦慮した公害問題も、科学者の努力により10-20年後には健康を害することの無い技術を確立できました。現代の公害ともいえる、エネルギー枯渇という不可避な問題に、環境低負荷型手法の開発という視点で物事を見ることができるのです。
炭素-水素結合切断を使ったベンゼン環同士を結合させる反応が、候補として考えられます。遷移金属を触媒に使って、芳香族化合物同士を結合させることにより、医薬品や光学材料などに使われるビアリールと呼ばれる化合物が合成できます。同種類の芳香族化合物を結合させることが中心となりますが、根岸英一、鈴木章先生のノーベル化学賞の対象となった有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリング反応の重要性についての理解が、より深まることも期待できます。