皆さんは「雷の落ちた場所には、きのこがよく生える」という言い伝えを知っていますか? 雷の電圧(電気の高さを表す単位です)は10億ボルトに上ることがあり、落雷時はその電気が地面を伝わっていきます。これほど大きな電気が直接流れればキノコは焼け焦げてしまうでしょう。
しかし静電気でプラズマをパルス的に作り出して(いわばかみなりのミニチュアです)、キノコ栽培用のホダ木に短い時間くり返しあてると、電界でホダ木中の菌糸が切れることなどが刺激となり、きのこが細胞分裂で増える栄養成長という状態から、花や種をつける生殖成長へ変わります。この結果、きのこ(子実体といわれる傘の部分)が形成され、収穫が安定して得られ、増収につながることがわかりました。
電気の面白いところは、使い方の形を変えるのが容易で、応用の広いエネルギーである点です。このようなことをエレガントにこなすのは、電気だけのように思います。このため、われわれの生活のエネルギーインフラも電気が基本です。さらに、電気は宇宙を構成する4つの力の一番基本となっているものです。電気を極めると、人の暮らしから、宇宙の謎まで、いろんなことが考えられるようになります。
高エネルギー密度場や電子のエネルギーが大きなプラズマを作り出す
私の専門は、電磁エネルギー工学、高電圧パルスパワー工学、プラズマ理工学です。具体的に、電磁エネルギーを時間的に、また空間的に高精度で制御するパルスパワーの技術を使って、高エネルギー密度場や電子のエネルギーが大きなプラズマなどを作り出しています。電気刺激によるキノコの増産はこの技術を用いた応用例です。
それ以外でも農業・水産・食品分野へ活用する研究に力を入れています。我々の研究では、植物の発芽や生長を促進するための電気刺激や、プラズマによる植物の生長を阻害する菌の不活性化、農作物の保管や輸送中の鮮度保持のためのカビの捕集や老化ガスの分解など、農業の収穫、保存、輸送、食品加工まで多くの技術開発を進めています。
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「3.地球・宇宙・数学」の「10.素粒子、宇宙、プラズマ系物理」
一般的な傾向は?
●主な業種は→電機業界、電気関係、建設インフラ関係、通信関係、高校教員など
●主な就職先は→電力会社;東北電力、北海道電力、JR東日本、東芝、三菱電機など
●業務の特徴は→電気エネルギーを通して人の暮らしを支える業務であること
分野はどう活かされる?
電力会社へ就職した学生さんは、電気エネルギーインフラを通して地域の人々の暮らしを支える仕事をしています。研究では、日頃から高電圧や静電気、電磁エネルギーを使っているため、電気エネルギーの性質を体得できていることが、仕事を進める上で役に立っています。JR東日本や建設会社へ就職した学生さんも、電気インフラを支える仕事をしており、同様のスキルが役にたっています。東芝や三菱電機などへ就職した学生さんは、電気エネルギーインフラを支える機器開発に携わっていることが多く、その場合、電気エネルギーのスキルに加えて、日頃から多くの装置を手作りしている、ものづくり(工作や電子回路、電気回路設計など)のスキルも仕事に活かしています。
岩手大学は、岩手県の盛岡市(東京から約600km;人口約30万)にあり、新幹線の駅(盛岡駅)から歩いて15分くらいのところにあります。学部は4つあって、農学部では宮沢賢治(盛岡高等農林学校)なども学んでいます。私が所属しているのは、理工学部システム創成工学科電気電子通信コースになります。4学部が一つのキャンパスにあるため、例えば農学部と連携して、高電圧やプラズマを農業・水産業・食品産業に利用するといった、分野横断型の研究ができます。
私の研究室は、多くの農学部の先生方と一緒に研究を行っています。電気コースにいながら、菌や植物、食品の取り扱いのスキルも身につきます。また、教育学部と連携して、小学校、中学校、高等学校で最先端の科学に根差した出前授業や、こども科学館などでのサイエンスショーなども行っています。この取り組みは、全国的にも注目されていて、文部科学大臣表彰(科学技術賞;理解増進部門)などを受けています。地域と大学が、密接に結びついている大学だと思います。
電気は宇宙を形作る4つの力の基本の一つです。素粒子の光子を使ってキャッチボールをして遠方に働きかけています。電気は人間の暮らしを支えるエネルギー(2次エネルギー)です。電気は変幻自在に形を変え、我々にとって使い勝手がいいエネルギーです。このため人間社会のエネルギーインフラの基本になっています。
電気を制する者は、宇宙と人の暮らしを制します。私たちが取り組んでいるパルスパワー、静電気、プラズマを使った環境、農業・水産業・食品産業、材料プロセスでの高度活用は、電気エネルギーを、極限まで時空間制御することで可能にしています。
高校生の皆さん(小中学生の皆さんも)、ぜひ、この究極のサイエンス、テクノロジーに取り組んでみてください! 持続可能な社会は、新しいサイエンスと、懐かしい風景の交わるところにあります。
我々の研究の基礎的な内容は、実際に、高校生や中学生にも取り組んでもらっています。
中学生(小学校5年生から中学校2年生)には、ジュニアドクター育成事業の中で、静電気の実験として、(1)静電気を作る、(2)静電気を見る、(3)静電気を利用するといった内容で行いました。2日間かけて、イオンクラフト(はやぶさなどの小型宇宙船の推進機として使われています)の作成、イオンが1秒間に何個発生しているかの計測と計算、静電気で空気をきれいにする(電気集塵)に仕組みを研究しました。
高校生では、工業・農業高校など実業系の学校の探究活動として、高電圧電源の開発とそれを用いたきのこ増産(山形工業高校、村山産業高校など)に取り組みました。また、理数科やスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の課題研究、大学で高校生を招いて行うアカデミックインターンシップの研究課題として電気回路を使った高電圧静電気発生装置の設計と作成・解析、それを用いたイオンクラフトの作成と推力の計測、プラズマによる植物の生長促進、低気圧プラズマの発生や電子・イオン密度の計測などを行っています。
静電気は、電圧は1万ボルトを超えるほど大きいのですが、エネルギーは小さく、乾電池や風船など身近な道具で作り出せます。静電気は高電圧ですが低エネルギーなので危険が少ないですし、身近にあるものですし、はやぶさのエンジンやコピー機など宇宙から人の暮らしまで、広く関りがあるものです。静電気をテーマにした研究や実験は、高校生が取り組むのに適した題材だと思います。科学から実用まで、いろんな切り口がありますので、ぜひ、皆さんも取り組んでみてください。
身近な電気・節電の知識
柴田尚志、森田一弘(オーム社)
この本は生活の中でわき起こる疑問をQ&A方式で紹介し、興味を持ったテーマから読み進められる内容構成。例えばこんな具合だ。直流と交流って何が違うのか、雷から電気製品を保護するにはどうしたらいいのか、タコ足配線はなぜ危険なのか、何本までなら大丈夫なのか、地震の時コンセントからプラグは抜いた方が良いのか、オール電化は災害の時困らないのか、なぜIH調理器で加熱できるのか、エアコンはどうして冷房も暖房もできるのか、ハイブリッドカーってエコなのか、携帯電話やパソコンはどうしたら節電できるのか、記録メディアは永久不滅か、などなど…。電気とはどのようなものか、賢い利用法なども学べる。