誰にとっても時間とは興味をそそられる問題です。例えば私たちは、時間は「ある方向」に流れていると心理的に感じています。これは物理学的に、どう捉えられるでしょうか。過去から未来へ、あるいは未来から過去へという具合に物理法則における時間に特別な向きがあるのかという問題は、物理学の関心事でもあります。時間の向きの問題は、時間反転対称性の破れという実験的な探索法で行うことができることが知られています。時間反転対称性は、物理法則が時間tの符号を変えても不変に保たれることをいいます。
素粒子物理の分野の中で、私の研究テーマは、時間の「対称性の破れ」です。対称性とは、ある空間を鏡に反転したように座標変換しても物理法則が不変であることをいいます。この対称性の破れによって、重力や電磁力など自然界の四つの力は分かれました。時間も同様に、対称性の破れが時間の向きを決めると考えられます。
もし時間に大きな対称性の破れが見つかれば、素粒子物理学の最も根本的な法則を書き換える発見になる可能性があります。また時間が特別な向きに本当に流れているのかどうかという問題は哲学的な問いでもあり、その答えを得ることで、社会に生きる人々に生きる上での人生観を支え、新しい地図を与えるような影響があるかもしれません。
私たちの住む3次元空間のほかに余剰次元がある?
りんごの落下からニュートンが導き出した万有引力の法則は、物体間に働く力の大きさが距離の2乗に反比例するというものです。星と星の間で働く力のような長距離で働く力についてもこの法則が当てはまるということがいろんな実験から確かめられています。
しかし実は、1ミリ以下の短い距離では実験的にまだ確かめられていません。つまりこの1ミリ以下の短い距離は、万有引力の通じる3次元空間でない可能性があります。ひょっとしたら、私たちの住む3次元に小さく閉じ込められた余剰次元があるのかもしれません。
私のもう一つの研究テーマは「余剰次元」です。ミリメートルスケールでの万有引力の法則が正しいかどうか、その存在を実験的に探索する研究を行っています。もしそれが発見されれば、我々が世界のすべてだと考えている三次元の宇宙の外側に、さらに別次元の世界が広がっているという認識につながります。それは人類の宇宙観を根底から覆す大きな変化を起こすことでしょう。余剰次元の存在が技術的に何らかの変化をもたらすかどうかはわかりませんが、その研究がもたらす技術や知識で、社会に生きる人々に新しい世界観を与えることができると思います。
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一般的な傾向は?
●主な業種は→教育職、製造業、研究者等
●主な職種は→中学・高校の教諭、研究開発職、大学の研究者等
●業務の特徴は→物理学の研究の経験と知識を活かした、教育、研究開発
分野はどう活かされる?
カメラメーカーの技術開発職:原子核の実験技術と共通した、機械・電子回路・データ収集、など、大学院での研究の応用としての開発研究など。
物理学と言っても基礎から応用まで幅広いですが、立教大学の物理学科は素粒子・原子核・宇宙という、自然科学の基礎にあたる分野に特化して研究を行っている点が最大の特徴です。世界的に見ても例外的な大学だと思います。
私は高校生の頃に学校の図書館で、教科書に書いていない素晴らしい学問の世界に触れて憧れを持ちました。まったくチンプンカンプンでも構いませんので、ぜひ、色んな分野で先人たちがどんな風に知恵を絞って来たのかを垣間見てもらえればと思います。
高校生にでもわかる書籍を頑張って読んで、背伸びしてでも、この世界の考え方に触れることですね。
「余剰次元」と逆二乗則の破れ 我々の世界は本当に三次元か?
村田次郎(講談社ブルーバックス)
物体間に働く力の大きさは、物体A、Bの距離の2乗に反比例にして小さくなることが知られている。つまり物体A―Bが離れるほど、引き合う引力は小さくなるってことだ。これを万有引力の逆2乗の法則という。ところが0.1ミリくらいの短い距離でこの法則が成り立つかどうか、実は誰も検証してこなかったという。著者は、もしミリ単位の距離で万有引力の法則が正しくなければ、私たちの住む3次元空間を超える余剰次元が存在するのではないかと考え、この本でその存在を実験的に探索する研究を紹介している。そのために物理を習っている途中の高校生でも理解できるように、かつ、高校生であれば理解できる数式を使ってきちんと説明している。
ヒッグスを超えて ポスト標準理論の素粒子物理学
日経サイエンス編集部:編(別冊日経サイエンス)
この本では、標準理論という素粒子物理学研究ではほぼ完成したと考えられていた素粒子の理論を超える新しい物理学の研究が、具体的に紹介されている。標準理論とは、物質が創生される宇宙の初期、重力、電磁力、原子核に働く強い力、弱い力という自然界の四つの力を統一的に理解しようと、1970年代以降素粒子物理学で広まったもっとも有力な理論のことだ。2013年、物質に質量を与える謎の粒子と言われていたヒッグス粒子が発見され、大きな話題を呼んだ。ヒッグス粒子は標準理論の中で発見が遅れ、唯一実験的に見つかっていない粒子だったのだ。それが発見されることで、素粒子物理学は新たな局面に入ったと言われる。まさに最先端の話題が満載だ。