アメリカ東部にだけ生息する周期ゼミというセミは、いくつかの不思議な特徴を持っています。非常に興味深いのは、13年または17年に一度の周期で、成虫がいっせいに地上に現れ、羽化するという点です。日本のセミは、個体数の変動はありますが、ほぼ毎年地上に現れます。しかし、周期ゼミの場合、アメリカ北部では17年に一度、南部では13年に一度の周期でしか地上に現れません。
奇妙なことに13、17という数は、1とその数以外では割り切れない数で知られる素数です。周期を素数にする仕組みとして、周期ゼミを食べる捕食者やセミ同士の交雑が重要であろうと考えられています。
私は応用数学の分野のなかで、数理生物学を専門にしています。上の学説はそれぞれ1970年代と1980年代にすでに登場しています。私は、数理モデルを用いた手法で、捕食者による従来の仕組みだけでは素数年に一度しかセミが現れない現象を説明できないことを、数学的に明らかにしました。
多様で新しい数学「応用数学」
応用数学は新しい数学の分野です。高校までで学ぶ数学とは印象の異なる数学の分野が、数多く含まれています。例えば、組み合わせの問題を効率良くにコンピュータで解くための手法を研究する数学や、感染症の流行や交通渋滞など従来の「理学」の分野で扱われてこなかった現象を理解したり、予測・制御したりするための数学など、多様で新しい数学が含まれています。
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「3.地球・宇宙・数学」の「11.数学(解析、代数、幾何、複雑系、離散数学等)」
所属している大学では工学部の学生の数学教育を担当しています。そこでは、工学部の各学科の専門教育に必要な数学の教育を行っています。2021年度に工学部で改組が予定されており、新しく応用数学に関する先端的な話題を含む授業が開講されます。工学部の中で少し数理的な勉強もしてみたい人にはお勧めです。
高校数学の副教材として『数学活用』というものがあります。応用数学に関する話題もたくさん載っています。普段、高校で学ぶ数学に興味がもてなくても、『数学活用』に載っている話題にもし興味を持つのであれば,大学で数学や応用数学を勉強してみてはどうでしょうか。「得意」よりも「好き」が大切です。
身の回りの生物の個体数変動をコンピュータ(例えばエクセルなどの表計算ソフト)で数値シミュレーションするテーマが考えられます。
例えば、日本人の年齢ごとの死亡率や出生率がわかっているので、日本の総人口や地方都市の人口を、数理モデルを用いて予測することが、高校生レベルの知識でも可能です。日本の人口減少の問題や、地方から首都圏への人口流出の問題など、身近な問題に関係します。その他にも、インフルエンザやデング熱などの感染症の拡大を数値シミュレーションするテーマなども同様です。
数学でみた生命と進化 生き残りゲームの勝者たち
カール・シグムンド 富田勝:訳(ブルーバックス)
この本は生物学に関する数学の書である。高校で学ぶ数学以外の科目の中で、数学が登場するのは物理ぐらいだ。そのため、一見、数学と生物学とは無縁に感じるが、生物学においても数学的な思考が重要であることがわかる。本書には数理生物学の代表的なトピックスがたくさん書かれており、数理生物学を概観することができる。数理生物学の中でも、特に著者の専門分野である進化ゲーム理論と言われる分野に焦点が当てられている。生命を数学で理解することの魅力を感じてほしい。
また、著者は数学の分野で学位を取り、数学科で生物学の理論的な研究を行ってきた人。そのことからも数学と生物学とは無縁ではないことがわかると思う。
無限論の教室
野矢茂樹(講談社現代新書)
この本の中に無限について有名なアキレスと亀の話が出てくる。足の速いアキレスは亀より後ろの位置からスタートした。アキレスが亀のスタート位置まで走る間に、亀は何メートルか進む。 しかしその亀の位置までアキレスが走る間に、亀はさらに前へ進んでいる。 その位置までアキレスが走る間に、さらに亀は…このようにアキレスは永遠(無限)に亀に追いつけない、というパラドックスだ。この本は無限に関する素朴な問いに始まり、オーストリアの数学者ゲーテルが数学的命題について示した不完全性定理まで、哲学者の野矢先生が語る。高校数学で学ぶ無限という概念がいかに漠然としたものであるかを知ることができる。