光工学・光量子科学

ナノサイズの金属粒子が集めた光で、色を変える


杉田篤史先生

静岡大学 工学部 化学バイオ工学科 バイオ応用工学コース(総合科学技術研究科 工学専攻)

どんなことを研究していますか?

光工学・光量子科学の分野では、“光”を使って新しい技術を生み出す研究が行われています。光技術の基本は、光を「作る」「見る」「伝える」です。この3つの力を組み合わせることで、私たちの生活はどんどん便利になっています。たとえば、スマートフォンの顔認証やカメラ、テレビやゲーム機のディスプレイ、部屋の明かりを自動で調整するスマート照明、さらに、QRコードの読み取り、自動運転車のレーザーセンサー、高速インターネットを支える光ファイバー、病院で使われる内視鏡やレーザー治療など、光の技術は身近なところから最先端まで、あらゆる場面で活躍しています。

光をうまく使うには、光を操る「材料」も重要です。最近注目されているのが、金属や半導体をナノサイズ(1ミリの100万分の1!)にした「ナノ粒子」です。普通の金属は、鏡のようにすべての色の光を反射します。ところが、ナノ粒子になると話は変わり、特定の色だけを反射するようになります。しかも、粒子のサイズによって反射する色が変わるという不思議な性質もあります。つまり、同じ金属でもサイズを変えるだけで「赤く見えたり青く見えたり」します。こうしたナノ粒子のユニークな性質を使って、新しい光の技術が次々と誕生しています。

小さな粒子の切り拓く光素子の小型化、軽量化、省エネルギー化

私が今、特に力を入れている研究テーマは「非線形光学効果」と呼ばれる現象とその応用技術です。これは、強い光を物質に当てることで、当てた光とは違う色の光が生まれるというものです。非線形光学というと、当然馴染みがないでしょうが、実は身近によい例があります。それは、緑色のレーザーポインターです。この技術では最初に目に見えない赤外線のレーザーを出して、それを非線形光学効果で緑色に変えています。

私の研究では、金属ナノ粒子を使って非線形光学効果を引き起こします。金属ナノ粒子には、光のエネルギーを“凝縮”して、もとの光よりも強い光を生み出すという性質があります。非線形光学効果は、強い光を必要とするため、この金属ナノ粒子の生み出す凝縮された光は、非線形光学の実現に適したものです。金属ナノ粒子の周辺の微小な空間で“色”を変えることがこの研究の特徴です。これ以外の様々な光技術についても金属ナノ粒子の利用が進められています。この技術が進めば、光を使った部品をもっと小さく、軽く、そして省エネルギーにすることができ、スマホや医療機器、通信機器など、あらゆる分野をもっと便利なものにするものと期待されています。

金属ナノ粒子を作製する実験の様子です。埃を除去したクリーンルームでの作業のため、専用のクリーンウェアを着ての実験です。もちろん、実験を主導するのは大学4年生と大学院生です。
金属ナノ粒子を作製する実験の様子です。埃を除去したクリーンルームでの作業のため、専用のクリーンウェアを着ての実験です。もちろん、実験を主導するのは大学4年生と大学院生です。
電子顕微鏡写真。製作した金属ナノ粒子の一例です。写真中の円形に写っている物体が金のナノ粒子でその大きさは100 nm(1nmは 1/10,000,000cm)くらいです。六角形状に並んでいて、ベンゼンのように見えないでしょうか。実際個々の金ナノ粒子を“原子”、6個並べると“分子”と見立てると、原子と分子を繋ぐ共有結合に類似した効果が見られます。
電子顕微鏡写真。製作した金属ナノ粒子の一例です。写真中の円形に写っている物体が金のナノ粒子でその大きさは100 nm(1nmは 1/10,000,000cm)くらいです。六角形状に並んでいて、ベンゼンのように見えないでしょうか。実際個々の金ナノ粒子を“原子”、6個並べると“分子”と見立てると、原子と分子を繋ぐ共有結合に類似した効果が見られます。
この分野はどこで学べる?
学生はどんなところに就職?

一般的な傾向は?

●主な業種は→製造業

●主な職種は→研究、開発、生産技術、生産管理

●業務の特徴は→光を出す技術、光を観測する技術より、光を利用する技術に関わるケースが多いと思います。

分野はどう活かされる?

光を取り扱ったテクノロジーが広範にわたるように、卒業生の進路も“光にかかわる”という点で共通するものの、幅広い分野にわたっています。例えば、プリンターのトナー(光を当てることによって感光する)の製造、自動車のヘッドランプの設計、光をキャッチするための半導体の開発などが挙げられます。最近は、光技術の医療応用も進んでおり、こうした分野に活躍の場を求める卒業生もいます。

先生の学部・学科はどんなとこ

静岡大学の光技術の研究の伝統は非常に古く、戦前に高柳健次郎名誉教授が、世界で初めて電子式テレビの送受信に成功したことに始まります。電子工学研究所という、地方大学には珍しい付属研究所を併設しています。

特定の学科に光工学の教員が集まっているわけではなく、研究所を中心として工学部を構成する5つの学科に光を専門とする教員が所属している点が、本学の光工学の研究の特徴です。小さな大学だけに、学科の垣根を超えて光に携わる教員同士が意見を交わし、新しい光技術の開発を目指して研究活動を行っています。

もっと先生の研究・研究室を見てみよう
先生からひとこと

光工学・光量子科学分野は、光の波動性を説明する「電磁気学」、光の粒子性を説明する「量子光学(量子力学)」という2つの基礎学問から始まります。

適切な光の波長(光の色)を選択し、波形(波の形)を駆使することで、先ほど述べたような自然科学 (物理、化学、生物、地学)、暮らし(光インターネット、家電、スマートフォン)、モノづくり(加工、製造)、健康医療(診断、治療)、環境・エネルギー(照明、太陽光発電、環境モニタ)などの広範な分野における諸問題を解決することに貢献できます。

純粋に光を楽しみたい、光の不思議に迫りたいという好奇心からこの分野の門を叩き、この分野の学問を究めれば、間違いなく将来独創的なサイエンスやテクノロジーを切り拓くことができるでしょう。

先生の研究に挑戦しよう!

金属ナノ粒子の合成は、面白いテーマであると思います。硝酸銀に糖を加えると、ガラス容器の表面に銀の鏡が張られるという、銀鏡反応をご存知の方は多いことでしょう。還元剤の種類などを変えるだけで、ナノサイズの銀粒子を作ることができます。

では、ナノサイズの銀粒子が合成されたことを、どのように確認すればよいでしょうか。もちろん、電子顕微鏡を使えばよいのですが、現実的ではありませんね。銀ナノ粒子は、その大きさや形状によって赤、黄、緑といった色彩を示します。粒子のサイズが大きくなるのに従い、色が変化する様子を観測できる点も、この実験の興味深い点であると思います。

もっとお手軽な実験として“プリズムシート”と呼ばれる半透明なプラスチックのシートを使って蛍光灯やLED電球を眺めるだけでも面白いし、高校の物理で学ぶ「光」の知識で説明できます。

興味がわいたら~先生おすすめ本

光と物質のふしぎな理論 私の量子電磁力学

リチャード・P.ファインマン、釜江常好、大貫昌子:訳(岩波現代文庫)

高校の物理の教科書に光は“波”であると書かれているが、量子論という考え方に基づくと光は“粒子”としての性質も持ち合わせていて、これを光子と呼ぶ。この本は、光子という概念を、難解な数式を一切使うことなく理解させてくれる。

著者のファインマンは、世界中の物理学を志す大学生によって読み継がれており、朝永振一郎博士とともにノーベル賞を受賞している。ファインマン先生の独特の語り口調を味わうだけでも、この本を読む価値は大きい。


光化学の驚異 日本がリードする「次世代技術」の最前線

光化学協会:編(講談社ブルーバックス)

光を使って何ができるのだろう、ということに関心のある人にお勧めの本。光で分子をあやつる方法、光触媒による環境浄化、光で動く「分子モーター」、加工に使うレーザー光など、光化学の研究成果を解説する。光工学の実現には、多くの場合優れた材料は必須。光と化学の接点という観点からも興味深い本だ。



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