「ナノ材料工学」の研究は、工学と名前がついていますが、人々の生活を便利にする工学的な側面だけでなく、人々の知的好奇心を刺激する理学的な側面も持っています。例えば、炭素原子の積層構造であるグラファイト(黒鉛)の1層分であるグラフェンは、2005年に初めて単離された、厚さが3オングストローム(オングストローム = 10-10 m)の、世の中で最も薄い物質です。
グラフェンは、電子デバイスやセンサーの材料として優れた性質を持っており、グラフェンを使えば、現在材料に使われているシリコンよりも、100倍以上高性能なトランジスタを作ることができると言われています。
一方で、グラフェン中の電流の運び手である電子は、ほかの金属中の電子とは異なり、相対論的な性質を持つことがわかっています。グラフェンでは、素粒子物理学では実験が困難な、相対論的現象も観測されています。ほかにも驚異的な性質がどんどんと明らかになり、物理学や物質科学の発展に大きく貢献しています。
誰もやったことのない、面白そうな実験をする
「ナノ材料工学」のトレンド的なテーマとして、グラフェンをはじめとする原子層物質(2次元物質)の研究が挙げられます。グラファイトなどの層状物質をセロテープで劈開することで、原子1個あるいは数個分の厚さを持つ薄膜を、容易に得ることができます。このような原子層物質は、もとの大きな物質とは全く異なる、新しい性質を持つことがわかってきました。基礎・応用の両面から、盛んに研究が行われています。
私の研究では「今まで誰もやったことのない面白そうな実験をする」ことをモットーにしています。そんな実験をしている時は、まるで理科好きな子どものような気持ちで、ワクワク・ドキドキ・ウキウキしてすごく幸せです。いろいろと創意工夫して試行錯誤するのも楽しいです。時には時間の経つのを忘れて、夜中まで実験室にいることもあります。
我々の行っている研究は「基礎研究」に分類されます。だからといって社会に対して役に立たないわけではなく、物性物理や工学の分野では、基礎研究の知見があってこそ、応用研究が可能になります。また、将来の巨大産業の「芽」が潜んでいる可能性もあります。基礎研究の立場から社会に貢献し、応用の可能性、選択肢を示すことが、我々の研究の使命だと考えています。
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「15.エレクトロニクス・ナノ」の「61.ナノテクノロジー」
一般的な傾向は?
●主な業種は→製造業
●主な職種は→研究開発
●業務の特徴は→大学の研究では電気伝導現象を扱いますので、半導体・電機メーカー関連の仕事に就く人が多いように思います。
分野はどう活かされる?
研究室では主に、ナノ材料の物性評価や電気伝導特性の研究を行っていますが、学会(日本物理学会や応用物理学会)では、広範なナノ材料の基礎物性評価や、様々な応用に触れる機会があります。このような経験を通して、新素材や半導体関連の基礎知識とセンスを身につけることができます。
「物理の卒業生はつぶしがきく」と昔からよく言われます。物理をはじめとする理学・工学の研究を頑張ってやり遂げる過程で培われる、学問に対する姿勢、問題解決能力、プレゼンテーション能力は、どのような職業においても有利に役に立つ、ということを表しているのだと思います。
筑波大学の一番の特徴は、研究学園都市にある点です。周りには国立・民間の研究所が数多くあり、教育・研究の面で様々な交流があります。また、つくば市は研究施設と住宅地が混在して街を形成しています。通常の都市とは違った、落ち着いた雰囲気で勉学・研究に励むことができます。
物理を志望する中高生の多くは、宇宙・素粒子から物理に興味を持ち始めます。私の場合もそうでした。でも、大学で物理を学ぶと、実は物理の世界はもっともっと広いことに気づきます。
私の専門分野である物性物理学(もっと広い分野では、物質科学)は日進月歩でどんどんと進歩していて、エキサイティングな新事実が次々に明らかになっています。また、基礎研究が産業応用に直結している点も魅力です。ぜひ、皆さんにも若いうちから物性物理学、物質科学の魅力を知っていただければと思います。
物性物理学は積み上げの学問ですので、我々の研究テーマを高校生レベルの知識で理解するのは困難だと思われます。大学に入ってから学ぶ基礎物理学(量子力学、統計力学など)は、皆さんの世界観・人生観を一変させるほどすばらしく、かつ現代社会の基礎をなすものなので、大学での勉強に期待していただきたいと思います。
ただし、高校の理科(物理)の教科書は大変良くできていて、物理学・ナノ材料工学の研究の最先端がわかりやすく紹介されています。教科書を足がかりにして、興味を持った分野について、ネットなどで調べてもらうと良いと思います。