◆着想のきっかけは何ですか
2011年3月。福島県にある東電福島第一原発の事故は、広域で深刻な放射性物質による環境汚染を引き起こしました。事前の想定に基づく放射線モニタリング体制は、想定を大きく超えた被災により、機能不全に陥りました。
そのため、人が測定地点を回りながら測定値を記録して持ち帰る形となり、多大な労力を払ってもわずかの測定地点でしか測定ができず、公開されたデータも印刷物やコピー不可のものばかりで、なかなか事故の全貌を掴めない状態が続いていました。
一方原子核物理では、大きな実験施設で大量の計測機器を柔軟に組み合わせ、リアルタイムにデータを収集していくことが一般的です。その手法を原子力災害に適用できれば、迅速に事故の全貌が把握できるようになり、効果的な対処ができるのではと考えました。
◆具体的にどんなことが達成されましたか
まず、線量率を位置情報と共に収集し、クラウドでリアルタイムに共有することができる「KURAMA」を開発しました。そして2011年5月には、航空機調査よりも先に「KURAMA」で福島県全域の線量率分布を明らかにしました。この成果が認められ、2011年6月からの文部科学省による広域調査で採用されました。
さらに、完全自動測定と放射線のエネルギー情報の収集できるシステム「KURAMA-II」を開発しました。これを福島県内の路線バス等60台に搭載することで、生活圏内の詳しい空間線量率マップを継続的に測定できるようになりました。
(福島県のKURAMA-IIサイト)
https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/ps-soukou.html
この新しいシステムは、文部科学省による東日本一帯の広域モニタリングにも採用されました。現在も年2回、100台規模の測定を実施しています。蓄積された膨大なデータは、東電福島第一原発事故に取り組む研究者に幅広く活用されているほか、原子力規制委員会によって一般の方々にも広く公開しています。
(国立研究開発法人日本原子力研究開発機構の運営する「放射性物質モニタリングデータの情報公開サイト」)
https://emdb.jaea.go.jp/emdb/
◆この研究で何を目指していますか
大規模な原子力災害で住民の健康や生活を事故から守るためには、目に見えない放射性物質の分布状況や放射線量を素早く、詳しく把握することができる「目」を持ち、うまく活用することが必要です。
また、災害は人間の想定を易々と超えてくるので、事前の想定に最適化するのではなく、うまくいかなくても次の一手を打ちやすくする柔軟性が必要です。残念ながら、従来のモニタリング体制には柔軟性があったとは言えません。
原子力災害は2度とあってはならないものですが、やはり備えは必要です。今回の経験を踏まえて、柔軟性や運用負担の軽さを重視したモニタリングシステムの開発に取り組みつつ、原子力災害に対する備えがどうあるべきかを考え続けていきたいと思っています。そしてこの研究は、原子力の導入を進める海外の国々の防災にも役立つものと考えています。
維持するために苦労したり負担があったりする「持続的な社会」は、維持できないのではないでしょうか。当たり前にやっていくと自ずと問題が解決する、あるいは当たり前の行動が問題を解決していく、あるいはそもそも問題そのものを起こさない仕組みを作ることが求められると思います。自分の研究の視点はそういうところにあると考えています。
従来のモデルで説明できない博士論文の実験結果に悩み、博士課程4年目に突入していた時、自分の実験とそれを解釈する自分なりの仮説を、国際会議で口頭発表したことがあります。
発表が終わり、やれやれと休憩時間にコーヒーを飲んでいたところ、なんと自分の仮説の基盤である精緻な理論計算の論文を書いた大御所がやってきて、その場で熱い議論を戦わせることができました。
大御所が、博士論文も書けていない学生相手に議論するなんて…と思いそうですが、私の仮説を面白いと感じ、真摯に向き合ってくれたわけです。その時に、物理の研究は立場なんか関係なく、自然の謎に立ち向かっていく世界なんだと実感しました。その後も論文が書けず苦労するわけですが、この時の経験が心の支えになったと思います。
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「2.エネルギー・資源」の「6.スマートグリッド、スマートシティ等電力システム」
◆「KURAMA II -- Radiation Monitoring System」(niglobal)(YouTube)
◆「見えない放射線との格闘~KURAMAができるまで①~」(YouTube)
私の研究室は大学の研究所内にある、理学研究科物理・宇宙物理学専攻の協力講座です。学生にとっては、理学研究科物理・宇宙物理学専攻の修士及び博士課程において教育を受ける意味では、通常の研究室と全く同じです。
ただし、通常の講座のように専攻内の研究室に囲まれるのではなく、専攻や研究科を超えた、原子炉を活用した研究を行う幅広い研究分野の教員や学生と日常的に過ごすことになり、学際的な視点が育ちやすい環境だと思います。
我々の研究室の学生は、研究所の持つ原子炉を活用した不安定な原子核の構造の研究や、不安定な原子核をプローブとした、半導体や磁性体の局所的な電子構造や磁気構造の物性研究を行います。
また、このような研究に必要な不安定核ビームの生成技術や、不安定な原子核からの放射線の計測装置開発、物理計測装置や加速器・ビーム輸送の制御システムに関する研究も行っています。ちなみに、KURAMAの研究開発はこれらの計測制御技術が基礎となって行われています。
現在の学生は、不安定な原子核のビームの新しい生成手法を開発するほか、近年その高い機能性が産業界で注目されている超微細気泡水についても取り組んでいます。
超微細気泡に原子炉からの中性子を照射し、不安定な原子核を気泡中に生成します。この原子核からの放射線を計測することで、従来不可能とされていた超微細気泡の中から見た泡の状態を調べようとしています。
◆主な業種
・コンピュータ・情報通信機器
・ソフトウエア・情報システム開発
・大学・短大・高専等、教育機関・研究機関
◆主な職種
・基礎・応用研究・先行開発
・設計・開発
・システムエンジニア
・大学等研究機関所属の教員・研究者
◆学んだことはどう生きる?
大学や研究機関で、原子核・放射線関係の研究者として働いている学生が多いです。そのほか、メーカー等で研究開発職に就いている学生も多いです。
皆さんは今、ある分野の研究をしたいと考え、それに向かって頑張っておられるかも知れません。しかし、今魅力的に見えているのは、これまで取り組んでこられた方々が取り組んで育て上げてこられた成果なのではないでしょうか?
大学に入ったら、それまで知らなかった新たな分野や不思議に、次々と出会うことになります。その中に、まだ誰も気付いていないあなたのテーマが眠っているはずです。ぜひそれを見つけて、将来の高校生を魅了する研究に育て上げてください。
自然界に存在する元素の中には、放射性同位体を含むものが存在します。そしてこれらは、私たちの生活に関わりのあるものの中にも含まれています。
・自然界にはどのような放射性同位体が、どのような形で存在するかを調べてみましょう。
・調べた放射性同位元素を多く含むと考えられるもの(身の回りの品、鉱石、土壌など)を選び、どれくらいの放射線を発生させているのか、サーベイメータを使って測定してみましょう。
・放射性同位体からの放射線が人体へ与える影響について、どのような調査や評価が行われているかを調べてみましょう。
上記のテーマの参考資料として以下を挙げておきます。
誰のためのデザイン? 認知科学者のデザイン原論
D・A・ノーマン(新曜社)
引いて開けるドアを、間違えて押してしまったりする時「ドジだな」と思いがちだが、実はドアのデザインが悪いのかも知れない。身近な道具に潜む問題を、本書は「ユーザーにとって良いデザインとは何か」という観点で捉え、「デザインは本来、人間の行動の目的を正しく見すえたアプローチがなされなければならない」と論じる。
「ドアの開け方を間違えた」時に、行動ではなくデザインの問題に目を転じる著者の視点は、しばしば本質を見失い、手段を目的と勘違いする私たちにとって、とても重要なものだ。本書ではデザインに限らず、身の回りの問題から社会的な大問題まで、あらゆる物事に通用する思考法を学ぶことができる。
Q1.一番聴いている音楽アーティストは? Ricardo Torres。ロサンゼルス在住のDJで、毎週配信されるPodcastとノイズキャンセルヘッドホンは、出張や仕事に集中する時の必須アイテムです。 |
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Q2.大学時代の部活・サークルは? 無線部。よく授業をサボり、命綱をつけて高さ20mのタワーに登ってアンテナをいじったりもしてましたが、実は高いところは苦手です。 |
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Q3.研究以外で楽しいことは? 関西空港のすぐ近くにいることをいいことに、航空会社の運賃ルールやダイヤを研究して「1泊4日で2万マイルの旅」とか「マイアミ滞在4時間の旅」なんてのを考えて、週末や連休に実際に飛ぶのが好きです。しかし新型コロナの流行で、こうした旅ができないのは残念です。 |
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