◆先生が日本のエネルギーの政治・経済史の研究を行うに至った経緯を教えてください。
日本の産業政策の歴史を研究する中で、1950年代のエネルギー革命(主要エネルギーが国内の石炭から海外の原油に変わったこと)に関する史料を読んでいたら「石炭から石油に転換することで、燃料の消費量を減少できた」という記事に出会いました。
石油が、今でいう省エネの手段に利用されていたことが新鮮でした。そして、当時すでに「熱管理」という呼び名で、工場でのエネルギー節約が盛んに行なわれていたこと、熱管理を促す政策を政府・地方自治体が実施していて、これには日本独自の手法も多くみられたこと、そしてこれらの起源が1920年代にまで遡ることに気づきました。
そこで、熱管理の発展過程を経済・政策の両側面から明らかにしようと考えたことが出発点です。現在は、エネルギー革命や原子力の導入が日本の生活や環境に与えた影響を、具体的に描くことにも取り組んでいます。ここでの生活には、衣食住だけではなく、娯楽、教育、宗教、社会運動など幅広いものを含みます。成果の一端は『京急沿線の近現代史』(クロスカルチャー出版、2018年)にまとめました。
◆研究を進める中で明らかになってきたことはありますか
「省エネ」は1973年の石油危機以降に進展したと、日本史の教科書では習います。しかし、現実にはそれにつながるような活動が、第一次世界大戦後の1920年代から日本では展開されていて、一部の業種では敗戦後間もない時期に、すでに世界最高水準に達していました。歴史上の華々しい出来事には、それを可能とするような長い地道な活動が不可欠だったのです。
とはいえ、技術発展だけでは解決できない問題があることも分かってきました。例えばエネルギー節約技術には、大気汚染などの公害をかえって深刻化する技術もありました。日本が公害を無視・許容するような社会だったがことが、エネルギー節約技術の発展を促進したとも言えるのです。同じようなことは現代では皆無だと、果たして断言できるでしょうか。
◆この研究をこれからの社会にどのように生かせるでしょうか
近年話題の用語に「人新世」というものがあります。ジュラ紀、白亜紀など種々の地質時代の中でも最新の時代区分で、現代の人類の活動が、地球に半永久的な痕跡を残すほどになっていることを示しています。
痕跡とは、二酸化炭素濃度の上昇、放射性廃棄物、マイクロプラスチックなどです。人新世のきっかけは、19世紀の産業革命によって化石燃料をエネルギーとして使うようになったことでした。
私の研究は、19世紀以降「豊かさ」と環境破壊がどのようにもたらされたのか、その一方でどのような改善がなされたのかを探り、現代の経済活動や環境問題への手がかりを得ようとするものです。
人新世が本格化した20世紀後半以降、アジアは地球上で最も急速に経済成長すると同時に、地球環境に大きな負荷を与える地域になりました。そのなかでも最初に工業化を遂げた日本の経験は、多くの示唆を与えてくれます。
◆具体的にどのような研究手法をとっていますか
研究対象に関連した資料を徹底的に収集し、そして読み込むことを研究手法としています。その際には、現代の価値観を押し付けるのではなく、当時の人々がどう考えたのかを、あくまでも当時の価値観から読み取っていくことを心がけています。また、経済だけではなく政治や産業技術など、幅広い視点からのアプローチを採用しています。
SDGsを再考する
SDGsが無意味なものとは思いませんが、SDGsやその日本的スタイルには色々な問題点も指摘されています(興味のある人は、本などで調べてみてください)。そして問題点を改善するには、その対象についての深い理解が必要ですし、この際には歴史的な視点も有効だと思います。
SDGsを支える環境・開発思想はどのように形成されてきたのか、過去のSDGsに類似した取り組みはどのような成果や課題を生んできたのか…などなど、論点はつきません。私の研究はSDGsへの貢献よりも、SDGsをより改善することへの貢献を意識しています。
私が日本経済史に関心を持ったのは、予備校でたまたま受けた日本史の授業がきっかけです。その授業は経済史に重点をおいたもので、例えば江戸幕府の崩壊や「15年戦争」の原因も、その経済的背景を踏まえつつ説明されていました。
それまで歴史を、事件史や人物史として楽しんできた私にとって、とっても新鮮かつ魅力的な授業でした。あなたが今受けている授業も、もしかしたらあなたの将来を決めることになるかも知れませんね。
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「18.社会・法・国際・経済」の「75.経済学、農業経済・開発経済」
2021年3月まで在籍した名古屋大学の学部ゼミでは、「昭和」期の経済+政治・社会・文化を包括的に学ぶことで、現代日本の特長と問題点を、歴史的知見に基づいて考察する姿勢を養うことを目指しました。
3年生では、日本近現代史に関する共同研究を実施し、研究成果を共同論文にまとめました。4年生は卒業研究です。共同論文、卒業研究のテーマは原則自由で、あくまでも自ら考え抜くことを方針としました。
なので、狭い意味での経済活動だけではなく、国際秩序、帝国陸海軍、教育制度、大衆芸術など本当に色々な卒業論文が完成しました。卒論で「問い」を自ら立て、そして自ら答える経験は、どんな業種・職種へ進むにしても役に立つと確信しています。
◆主な業種
・自動車・機器
・一般機械・機器、産業機械(工作機械・建設機械等)等
・建設全般(土木・建築・都市)
・交通・運輸・輸送
・官庁、自治体、公的法人、国際機関等
◆主な職種
・総務
・営業、営業企画、事業統括
・一般・営業事務
◆学んだことはどう生きる?
どんな業務であれ、物事を総合的・俯瞰的にみることに、歴史は役立つと思います。
「真理がわれらを自由にする」。多くの研究者が利用する施設の一つ、東京都永田町の国立国会図書館。そのホールには、この一文が刻まれています。これは、1948年に制定された国立国会図書館法の一節で、当時参議院議員であった羽仁五郎(1901~83)の提案と言われています。
羽仁は、大学在学中から頭角を現した第一線の歴史家であると同時に、治安維持法によって2度投獄された人物でもありました。皆さんの大きな可能性や新鮮な感性から絶えず学びつつ、また学問の自由が不断の努力によって獲得されてきたことを忘れることなく、私も研究を続けていきたいと思います。
・好きなマンガ、小説、映画などについて、その時代背景や気になった話題を探求する。『坊つちやん』などの古典や『鬼滅の刃』といった最新作まで、さまざまな作品が題材になりうるだろう。
・自身の住む地域、関心のある地域がどのように変化してきたのかを探る。たとえば、いまの住宅地はいつから住宅地になったのか、鉄道や道路はいつ敷かれたのか。またこれらの背後にはどのような要因があったのかを、地域史・日本史・世界史といった多元的な視点から探る。図書館・公文書館の郷土資料を積極的に利用するとよい。
僕の叔父さん 網野善彦
中沢新一(集英社新書)
日本史に興味があるなら、網野善彦の著書『日本の歴史をよみなおす』を知っているかもしれない。網野の研究業績についての評価は様々だが、新たな歴史像を提示した日本史学を代表する研究者であったことは確か。
本書はそんな網野の学問活動の一端を、甥の宗教学者・思想家の中沢新一氏が書き下ろしたもの。教科書を書き変えるような研究がどのような問題意識から生まれたのかを、本書は鮮やかに描いている。網野自身が学問遍歴を綴った『古文書返却の旅―戦後史学史の一齣』も併読するとよい。
いずれの著作も、研究が究極的には孤独な作業であること、だがそれと同時に、この孤独な作業を発展させるには、他者との出会いや対話が必要不可欠であることを、私たちに教えてくれる。
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ? どの学問を具体的にというよりは、まずは自然科学や第2外国語も含めて、一般教養をより幅広く学びたいです。 |
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Q2.大学時代のアルバイトでユニークだったものは? アルバイトではないですが、地方選挙の手伝いをしたことがあります。 |
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Q3.研究以外で楽しいことは? 結局のところ一番楽しいのは史料を読むことですが…マンガを読んだり、将棋やカーリングを観たり、ギターを弾いたりしています。 |