◆先生が今のご研究を始めたきっかけを教えてください。
アメリカで脳研究をしていた頃、あるセミナーに参加しました。そこで、発達障害に関する脳研究と出会ったんです。健常児・者だけでなく、障害児・者を対象とした研究から人間理解の本質に迫るというアプローチが、非常に新鮮でした。それが大きなきっかけとなり、脳研究分野で培った知見を教育分野に生かしていく可能性に着目してみよう、と考え始めました。
発達障害の心理・脳神経メカニズムの解明も進み、特別支援教育の考え方が社会に浸透し始めた頃だったので、教育の中でも特別支援教育に焦点を当てて、子どもたちが示す障害特性を「個人差」として捉え、脳研究の視点からアプローチしていこうと決めました。
◆この研究が進むと、どのようなことにつながっていくのでしょうか
人間が本来持っている能力を伸ばし、自己実現を目指すには、教育が大きな役割を果たします。しかし、一人一人には個性(個人差)があるため、画一的な教育ではなかなか対応しきれません。「障害」を「個性」としてとらえ、障害児・者と健常児・者を連続体として捉えることで、人間の個人差をより深く理解することが可能になります。
障害の有無にかかわらず、支援を必要とする子どもたちは、実に様々な生きづらさを感じています。科学研究に根ざした実証に基づく教育をすることで、その生きづらさを少しでも和らげることができればと思っています。そのためのヒントを探る研究と言えるでしょう。
◆どのような方法で研究をするのでしょうか
見る・聞くといった認知活動を行う時の、脳波の個人差を測定しています。また、視線の動きをカメラによって測定する視線計測装置を使い、目という心の窓から個人差を捉えることにも挑戦しています。
◆具体的に得られた研究結果について教えてください
一般的に、男性は女性よりも衝動性が高く、時に攻撃的だと考えられています。このような男女の行動上の違いについて、脳波を計測して調べました。すると、女性の方が注意制御能力が安定的に働くのに対し、男性はその個人差が大きいことが分かり、このような性差には、脳内メカニズムが深く関わっている可能性があることが分かりました。
こうした結果は、男女差を考慮した指導法のあり方や、男性の有病率が高いとされる発達障害で、抑制機能の不全を示す注意・欠如多動症(ADHD)の障害特性を考える上でも役立ちます。
特別支援教育はSDGsの様々な目標に関連する可能性を秘めており、ここでは3・4番を取り上げます。障害特性の心理・脳神経メカニズムの理解が進むことによって、治療や教育などの介入方法の提案につながることはもちろんですが、障害に関する社会的な認知度を高め、障害理解を促進することにも貢献できます。
現在、この障害特性そのものを捉える視点に加えて、周囲の人間の障害に対する態度(考え方や行動傾向)の研究に着手しています。こうした多角的なアプローチから、共生社会の実現に向けた障害理解の本質に迫っていくことが可能となります。
自分の子ども時代を振り返ると、少し他人とは違っていたように思います。当時は特に自分の個性など意識もせずにいましたが、小・中・高・大と進むうちに、自分の世界が大きくなっていき、そこには色々な性格や能力を持つ、個性豊かな人々が共に生きていることを認識するようになりました。
自分の世界が広がるほど、見える景色が変わっていき、その感覚はますます強くなりました。はっきりとは言えませんが、このような経験から生まれた「人間の個性の不思議」を知りたいという好奇心が、研究テーマの根底にあるのではないでしょうか。
中高生の皆さんには、より大きく広い世界に飛び出し、自分だけの個性を伸長し、自分がこの世界に存在する「自分らしさ」の意味や価値を見出してほしいと思います。
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「21.教育・心理」の「85.教科教育、教育指導法、特別支援教育」
特別支援教育の中で、認知神経科学の視点から、障害特性の理解と支援に取り組んでいます。
特別支援教育は、人間理解に迫る可能性を秘めた興味深い分野です。特に、将来の目標を達成するために、現在の行動を効率よく遂行するために必要とされる「実行機能」という能力に注目して研究を展開しています。
障害の有無に関わらず、実行機能を適切に使いこなすことができれば、子どもたちの可能性は無限に広がっていきます。この未来を切り拓く「心をコントロールする力」とも言える実行機能に、脳波計測や視線計測を用いた心理生理実験から迫っています。研究成果を教育支援に生かす実践にも挑戦しており、科学研究に支えられた新しい教育のあり方を探求しています。
◆主な業種
・小学校、特別支援学校等
◆主な職種
・小学校教員、特別支援学校教員
◆学んだことはどう生きる?
研究活動で培った論理的思考力を持つ小学校教員あるいは特別支援学校教員として、子どもたち一人一人の認知特性に応じた、実証に基づく教育支援を行っています。
本学は大規模な研究大学とは異なり、実施可能な研究も予算も限られていますが、少人数教育と小回りの利いた体制で、指導に取り組んでいます。小規模大学にもかかわらず、最新の高密度脳波計や視線計測装置もあり、研究大学の当該分野にも引けをとらない、充実した研究環境があります。
教員志望の学生にとっては、研究よりも実践に目が向いてしまいがちですが、研究活動を通じてこそ得られる問題解決力や、論理的思考力を養うことを目指しています。このような力は、これからの小学校や特別支援学校の教員にも求められる能力です。研究活動から得られた知見を教育支援に生かしていくことに興味がある学生、科学研究に支えられた新しい教育に挑戦してみたい学生には、最良の選択肢の1つとなるはずです。
・実験的な手法を用いて、人間の心の個人差を捉える方法を調べてみましょう。
・現在の社会の中で障壁となり得る障害特性を一つ取り上げて、どうすればその障壁を除去あるいは低減できるのかを調べてみましょう。
・周囲の人たちは障害に対してどのような態度(考え方や行動傾向)を持っているかを調べてみましょう。またどうすればその態度を変えることができるのかも考えてみましょう。
Q1.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? アメリカ・サンフランシスコ。東海岸で暮らしたことがあるため、西海岸での生活も経験してみたい。 |
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Q2.感動した映画は?印象に残っている映画は? 『ニュー・シネマ・パラダイス』。まず多感な思春期に見て、人生をある程度歩んだ成熟期に、もう一度見てほしい。 |
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Q3.研究以外で楽しいことは? おいしいコーヒーを淹れること。なぜか無心になれます。 |