視覚障害のある高校生も、公平に大学受験できる支援を考える
文字を読むのが困難な人がいる
皆さんは、日常的に授業を受けて、試験を受けて、評価されて、進学や就職の夢を掴んでいきます。
その時、皆さんが普段読んでいる参考書の文字が小さくて読むのに皆さんの5倍時間がかかる人がいたら、あるいはそもそも文字を読むことが困難な人がいたら、先生が前で示す文字が読めず、望遠鏡を使って読んでもついていけない人がいたら、試験問題のマークシートが小さすぎて塗りつぶすことに膨大な時間を要し、修正が困難な人がいたら……、そういった状況に置かれた人たちは、どのように実力を評価されることが公平なのでしょうか。
センター試験の文字を拡大して回答する実験
「文字が小さければ大きくすれば良い」、「文字を読めなければ点字を学べば良い」といった答えはすぐに得られそうですが、果たしてそれだけで公平と言えるでしょうか。例えば文字を拡大すると、紙が大きくなるか、あるいは紙のサイズを変えないとするならばページ数が増えます。
この研究では、実際に大学入試センター試験で通常の問題と、拡大された問題を、はっきりと目の見える大学生に回答してもらいました。すると、拡大問題を使うと、ページをめくることに割く時間が増えることがわかりました。では、その時間をどこで吸収するのでしょうか。それは、読みの時間です。読み時間を削って、ページ操作の時間を増やさざるを得ない状況があることを明らかにしました。
しかし、文字が小さくて読むことが困難な人たちは様々な事情で読み速度が遅い場合が多いです。すると、はっきり目の見える人たちと同じ時間で試験を受けると、読み速度の遅い見えにくい人たちは、ページ操作で減らされた読み時間で試験を受けざるを得なくなります。
どう授業や試験を受ければ良いか
それらの背景を踏まえて、この研究は、(1)特に視覚障害のある高校生が大学に挑戦する機会に焦点を絞って、(2)高校生の間にどのような力を身につけておくと良いのか、どのような条件で授業を受けたり、(3)試験を受けることが公平な状態なのか、(4)どのように大学にそのことを伝えると効果的なのか、といったことを明らかにするために行っています。
このような研究が幅広く行われ、様々な身体的、知的、精神的等の状況の人々も、平均的な人々と同じようにポテンシャルがパフォーマンスにつながり、公平に活躍できる社会の実現を目指しています。基礎的研究であれ、応用的研究であれ、人々の笑顔が想像できていると、その研究には価値があると思います。
人は、どこで生まれようと、その後どんな境遇であろうと、等しく教育を受ける権利を持っています。しかし、それを制度・事物・慣行・観念などといった社会が阻んだりしてはいないでしょうか。
学校で、ノートと鉛筆の使用は認められ、自由に使ってメモを取ることは許されています。この「ノートや鉛筆の使用を認める」といった制度や慣行によって、平均的な人々は記憶に対する配慮が受けられます。しかし、ノートと鉛筆では見えにくいとか、文字を記憶することができないとか、手が動かせないといった状況の人がそこにいた場合、どうでしょうか。
様々な事情でノートと鉛筆が使えない人が、その代わりとしてノートと鉛筆のように自由にノートパソコンでメモを取ったり、文字を覚えられない人がタブレットで試験に解答したりできているでしょうか。もし、それができていないとしたら、それはなぜでしょうか。
社会には、そのような多様な人が暮らしていることは、はじめからわかりきっています。そうであれば、あらかじめそういった状況の人々に対する配慮も、平均的な人への配慮同様に考えておくことが当然求められるべきではないでしょうか。しかし、皆さんの学校はどうでしょうか。
このように、例えば平均的な人の記憶に対する配慮としてノートと鉛筆の利用を許可することで行われているのと同様に、そうでない人々に対しての配慮も十分に検討され、実施されているでしょうか。もしそうでないとするならば、いわゆる「配慮の不平等」が起こっており、その結果、例えば障害のある人々は十分に学習できない社会になっている可能性があるのではないでしょうか。
私たちの研究が進むことで、少しでも、多様な人々が公平に学べる社会が実現できるといいなと思っています。
「視覚障害者の円滑な大学進学を目指した高大連携システムの開発と評価」
中野泰志
慶應義塾大学 経済学部 経済学科
知覚心理学者です。心理学の研究手法を駆使して、障害のある人々の共生社会を目指した研究を進めています。研究と実践が常に表裏一体にあるところがすごいです。
小田浩一
東京女子大学 現代教養学部 心理・コミュニケーション学科/人間科学研究科 人間社会科学専攻 心理・コミュニケーション科学分野
知覚心理学者です。海外の広い知見に基づき、日本の視覚障害者のための研究を行っています。自身の研究と社会のつながりを大切にしているところが素晴らしいと思います。
私の研究室は実験を行うことが得意なので、日常生活で起こっている出来事について、何が独立変数で何が従属変数なのか、何を測度にするかといったことを語りかけたりします。
例えば見やすいスライドとそうでないスライドがあった場合、どんな物理的環境が異なるのか、それを操作することで私たちのパフォーマンスの何が変わるのか、そしてそれはどうやって測れるのか。そんなことを冗談まじりに語りかけたりします。
そうすることで研究の眼差しが磨かれ、複雑な事象を切り取って分析するモチベーションにつながればと思っています。卒業研究や修士や博士の研究をしている学生には、「あなたの研究で、誰がハッピーになりますか」といった問いかけはよくします。
◆氏間研究室HP(うじらぼ)
◆タブレットで暮らしのバリアを乗り越える(広島大学ホームページ)
◆「難病(ALSなど)や重度障害者のための支援ICTフェスティバル」に出展しました(広島大学ホームページ)
◆見えにくさに悩んでいる人たちを、もっとハッピーにしたい!(広島大学ホームページ)
◆主な業種
(1) 保育・幼稚園等
(2) 小・中学校、高等学校、専修学校・各種学校等
(3) 大学・短大・高専等、教育機関・研究機関
◆主な職種
(1) 小学校教員
(2) 中学校・高校教員など
(3) 幼稚園教員、保育士等
◆学んだことはどう生きる?
卒業生は大きく、特別支援学校で活躍している方と、通常の小学校で活躍している方がいます。私の研究室が専門としている視覚障害教育と支援技術の知識や技能は、どちらの学校で勤めたとしても生かすことができることです。
例えば、小学校のクラスの中で見えにくそうにしている児童がいた場合、見えにくさの原因を探ったり、見えにくさを解消するためにタブレットをすぐに活用したり、あるいはみんなが見やすい板書について考えたりすることが可能となります。
また、特別支援学校で活躍する方も、同様のことが言えます。特別支援学校では、そこが視覚障害以外の学校であっても、視覚障害の知識は有効に生かされます。なぜなら、今の教育で視覚を介さないで行われることはかなり限定的だからです。
多様な人々が公平に学ぶ権利を守るために求められる知識と技能を身につけることができる分野です。特別支援教育に関する免許として、特別支援学校教諭免許状があります。この免許状には、視覚障害、聴覚障害、知的障害、肢体不自由、病弱の5つの領域があります。
特に、広島大学教育学部の特別支援教育教員養成コースは、学部4年間でこのすべての領域の免許を取得できる、全国でも数少ない大学です。特別支援教育の世界で活躍したい方と一緒に学べることを希望しています。
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ? 心理学 |
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Q2.日本以外の国で暮らすとしたらどこ? 台湾。私の理想とする教育の一つの形があるからです。 |
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Q3.一番聴いている音楽アーティストは? いろいろですが、特にホルン奏者ラデク・バボラークが好きです。曲では無伴奏チェロ組曲(J. S. バッハ)。 |