建築史・意匠

木造建築の「洗い」

木造建築の木肌の「洗い」の技術と美意識 日欧比較も


中山利恵先生

京都工芸繊維大学 工芸科学部 デザイン・建築学課程(工芸科学研究科 建築学専攻)

出会いの一冊

「洗い」の日本建築史

中山利恵(東京大学出版会)

私がテーマとしている「洗い」は、これまで専門的な研究がほとんどされていませんでした。このため、自身の書籍、しかも専門書ですがおゆるしください。

カバー絵にあるのは洗い屋 鷲山金次郎の引札(ひきふだ:開店などの宣伝文句を書いて配った広告チラシ)です。中央には木造家屋が描かれており、黒いはっぴに又引き姿の職人が、手に藁タワシと桶を持って、格子や天井をこすっています。庭では火を炊いて釜で何やら煮込んでいる様子・・・彼らは一体何をしているのでしょうか。「洗工料」など、何やら文字も書かれています。ここには何が書かれているのでしょうか、この引札は一体いつ刷られたものなのでしょうか。もしよかったら図書館などで手に取って、冒頭と序論だけでも読んでもらえたら嬉しいです。

こんな研究で世界を変えよう!

木造建築の木肌の「洗い」の技術と美意識 日欧比較も

「洗い屋」さんに木部を洗ってもらう

伊勢神宮という日本でもっとも由緒のある神社を知っていますか。国産のヒノキという樹種の木材を使って、20年に一度境内にある建物を全て建て替えているのです。そこには新しい建物の美しさを愛でる文化が生きづいています。

では、茶室はどうでしょうか。茶を点てて人をもてなすための建物です。茶の湯には、「わび・さび」といった古さを重視する文化が引き継がれています。建築は完成した直後から雨風にさらされて古びていきます。このような、一件相反する建築の「経年」に対する美意識は、どのように日本で生まれ、成熟していったのでしょうか。

それを「洗い」や「古色付け」という、日本の伝統的木造建築の木肌のメンテナンス技術から解き明かしていくこと、これが私の研究の出発点であり、また目標でもあるのです。

「洗い」とは、灰汁という灰を水でさらしたアルカリ溶液や化学薬品で、伝統的木造建築の木部を洗ってきれいにする技術です。経年して古びた家を「洗い屋」という職人さんに洗ってもらうことは、かつての日本では普通のことでした。今でも京都や大阪では、外黒内朱に塗られた手桶と箒を持って、木造建築を洗う職人さんがおられます。

「洗い」の歴史を明らかに

私のこれまでの研究では、洗い職人への聞き取りや道具の調査から始まり、これらの技術の歴史を明らかにするため、さまざまな古記録を検索しました。日本の文化財建造物修理が行われた際に発行される修理工事報告書に書かれた痕跡や史料、明治時代の国産苛性ソーダの販売記録、江戸時代の建築工事記録や仕様書、はたまた伊勢神宮の遷宮記録に見られる「洗清」という儀式の記録まで。

そうやって調べた情報をもとに、「削り」「清め」「汚れ落とし」という3つの起源を持つ、建物をきれいにするための技術の融合が、現代に見られる伝統的「洗い」である、という一つの結論を得ました。

北欧諸国にも洗う技術や習慣が

現在は、新たに海外に目を向け、類似した技術がないかを探っています。木造建築は防腐・防虫のために塗装をされるのが一般的ですが、遠くユーラシア大陸北西の果て、日本と同様に森林資源の豊富な北欧諸国には、日本のようにインテリアや家具を無塗装で行う仕上げが好まれています。さらにそこには、「ソープフィニッシュ」という石鹸で無塗装の家具を洗い仕上げる技術や、無塗装の床板を洗う習慣が存在していました。

これらの技術がどのような起源と歴史を持っているのか、そこには、日本と共通する美意識や用材感があるのではないか、さらにデンマークに隣接するドイツや東欧諸国にも同様の技術があるのではないか、という仮説のもと、調査を進めているのです。

左:伝統的な「洗い」道具一式 (有)キクミ商会 蔵
右:天井の染み抜きをする 洗ヤ野口 品川氏
左:伝統的な「洗い」道具一式 (有)キクミ商会 蔵
右:天井の染み抜きをする 洗ヤ野口 品川氏
テーマや研究分野に出会ったきっかけ

私は富山県の古民家に生まれ育ったため、このような建物を保存再生できる技術を身につけたい一心で、大学院進学後に古民家再生を行う金沢の設計事務所に勤めました。再生される古民家の土間はかまどの煤で真っ黒な一方で、座敷廻りはベンガラ漆で赤く仕上げられています。そこへ増築する新しい木材は、古材に合わせて塗るのか、古材を逆に洗うのか削るのか、塗るなら黒か赤か、はたまたその中間か。現場ではいつも喧々諤々議論が絶えず、この技術の歴史がわかれば判断のヒントになるのではないかと調べ始めたのがきっかけです。

若い職人さんも活躍する「洗い」の現場 写真提供:株式会社田中美装
若い職人さんも活躍する「洗い」の現場 写真提供:株式会社田中美装
先生の研究報告(論文など)を見てみよう

「「洗い」等木肌処理技術から見た木造建築における白木表現と仕様の日欧比較」

詳しくはこちら

先生の分野を学ぶには
先生の研究報告(論文など)を見てみよう
ノルウェーのボルグンド・スターヴ教会。ここにも日本の「洗い」に類似した習慣が・・・?!
ノルウェーのボルグンド・スターヴ教会。ここにも日本の「洗い」に類似した習慣が・・・?!
学生たちはどんなところに就職?

◆主な業種

(1) 建設全般(土木・建築・都市)

◆主な職種

(1) 設計・開発

(2) 生産管理・施工管理

(3) コンテンツ制作・編集<クリエイティブ系>

◆学んだことはどう生きる?

大手建設会社・設計事務所・ハウスメーカーなどに就職する学生が多いですが、文化財修理を専門とする技術者や大工になった学生もいます。以前所属していたゼミでは、日本映画に使われた茶室や和室の表現を研究し、現在テレビ関係の大道具のプロとして活躍している卒業生もいます。

歴史的建造物や建築技術に関する調査・情報収集・整理・分析・論述といった能力は、特に近年の建設業界で必要とされている歴史的建造物の保存・再生、リノベーションの実務に活かせるのはもちろんのこと、一般的な社会人としての情報分析能力にも役立ちます。

先生の学部・学科は?

本学は日本で一番、建築・都市史の専門家が多く所属する大学です。このため、日本・アジア・西洋の建築と都市についてさまざまな専門を持つ先生方のもとで学ぶことができます。

特に、現存するストック建築からいかに魅力的を引き出し活用していくかという技術は、現代の建築家が身につけるべき職能の一つとなっています。その時に必要とされる知識・調査・技術を、設計課題や大学院向けの保存再生学コースなどで専門的に学ぶことができるのも強みです。

先生の研究に挑戦しよう!

中高生におすすめ

図説 日本建築の歴史 寺院・神社と住宅

玉井哲雄(河出書房新社)

伝統的木造建築の知識が全くない初学者にもわかりやすく日本建築史の基礎が理解できる本です。古いお寺や神社に行って、深い庇のある大きな屋根や、それを支える複雑な組物(くみもの)の仕組みや歴史は、一体どうなっているのだろう・・と知りたくなったら、まず手に取るのをお勧めします。


木のヨーロッパ 建築とまち歩きの事典

太田邦夫(彰国社)

「アジアの木の文化とヨーロッパの石の文化」といった表現は、しばしば各々を対比的に象徴する表現として用いられますが、実は東欧以北を中心に、大変豊富な木造建築が現存し、それを育む木の文化がヨーロッパにも息づいているということを気付かせてくれます。豊富な写真と手書きの図版は圧巻!眺めるだけでも楽しい本です。


木に学べ 法隆寺・薬師寺の美

西岡常一(小学館文庫)

法隆寺の昭和の大修理や薬師寺西塔の復元を果たした西岡常一棟梁。その棟梁の話し言葉そのままに、樹齢千年を超えるヒノキについて、斧や鉋などの道具について、宮大工としての生き様について、読み学ぶことのできる本。かつて日本にこんな大棟梁がいたということを、若い人にぜひ知ってもらいたいです。

一問一答
Q1.日本以外の国で暮らすとしたらどこ?

ノルウェー。調査で訪れたフィヨルドの圧倒的な美しさに心奪われています。

Q2.一番聴いている音楽アーティストは?

レキシが復活してくれて嬉しいです。お気に入りはKATOKU。

Q3.大学時代のアルバイトでユニークだったものは?

たこ焼き屋。今でも外カリ中フワの大阪風を焼く腕には自信があります。


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