国際関係論

紛争後の平和

紛争が終われば「平和」なのか? 権威主義体制下での「平和」を検証


富樫耕介先生

同志社大学 政策学部(総合政策科学研究科)

出会いの一冊

国際社会の紛争解決学

富樫耕介、中村長史(法律文化社)

この本は、(1)紛争がなぜ、どのようにして発生するのか、(2)国際社会は紛争に対してどのように対応してきた(あるいは、できるのか)、(3)各地域の紛争にはどのような特徴があり、いかなる問題を提起しているのかをまとめた本です。

紛争解決学という学問は、世界ではよく知られた学問領域で、それだけを学ぶコースもありますが、日本では、まだまだよく知られていません。紛争が世界に様々な問題を提起している今こそ、日本でも多くの人が紛争解決学という学問について学び、理解を深めてほしいと思っています。

こんな研究で世界を変えよう!

紛争が終われば「平和」なのか? 権威主義体制下での「平和」を検証

紛争の終結は、平和的にも軍事的にもなる

今、世界では、各地で凄惨な紛争が続いています。紛争を終結させること、人々が争い殺しあうような現実をどのようにしてなくすのかは大きな問題です。しかし、紛争が終われば、それはイコール「平和」なのでしょうか?なぜ、このようなことを聞くのかというと、「平和」の定義は、実は複雑で、両義的だからです。

つまり、「平和」を、単に「紛争が終わった」という状況で捉えると、紛争の終結は、平和的でも、軍事的でも構わないのです。もっとわかりやすく言えば、紛争の終結は、交渉と和平合意によっても実現しますし、一方が他方を徹底的に排除し、軍事的に勝利することによっても実現するのです。

勝利した側が権威や正統性を押し付ける

これは、大きな矛盾、パラドックス(逆説的状況)です。紛争が平和的手段で解決されていない状況でも、「平和」が実現してしまうわけですから。これを、権威主義体制下の「平和」、あるいは「非自由主義的な平和」と形容します。

紛争後の権威主義体制は、紛争後の安定や発展、「平和」を強調して、人々に自分たちの権威や正統性を受け入れさせようとします。もう一方で体制側は、体制に反対する人々を、安定や「平和」のために排除しようとします。このような人々の存在が体制を揺るがし、次なる紛争のリスクを高めるからという論理です。

自由なき「平和」は、通常なら受け入れられないでしょう。しかし、凄惨な紛争の経験は、人々にこのような「平和」でも受容する心理を生み出します。権威主義体制も、まさにそれを求めています。紛争後の権威主義体制下における「平和」がどのように機能しているのかを明らかにすることは、私たちの「平和」を取り巻く問題を考えるうえで欠かせないのです。

チェチェン共和国の首都にある対テロ作戦で殉教した警察や軍関係者の慰霊碑。紛争後の権威主義体制下では、歴史は、勝者の側に独占されます。チェチェンでは、紛争や対テロ作戦で犠牲になった民間人、住民を慰霊するモニュメントはありません。警察や軍人が罪のない人々も巻き込んで犠牲にしてしまったことを認めれば、体制側の正統性に傷がつくからです。「勝者による歴史」は、体制側の支配的言説によって管理・統制されるのです。
チェチェン共和国の首都にある対テロ作戦で殉教した警察や軍関係者の慰霊碑。紛争後の権威主義体制下では、歴史は、勝者の側に独占されます。チェチェンでは、紛争や対テロ作戦で犠牲になった民間人、住民を慰霊するモニュメントはありません。警察や軍人が罪のない人々も巻き込んで犠牲にしてしまったことを認めれば、体制側の正統性に傷がつくからです。「勝者による歴史」は、体制側の支配的言説によって管理・統制されるのです。
テーマや研究分野に出会ったきっかけ

私は、小学校の頃に問題児で、授業にちゃんと参加できない子どもでした。「自分はなぜ存在しているのだろう」などと考えていましたが、ある時、「誰かの役に立てばその人にとって、自分は存在している意味がある」ということに気がつきました。それから、誰かの役に立つのが人生の目標になりましたが、何をしたら良いかはわかりませんでした。

大学受験のときに、NGOの報告会に参加し、チェチェン紛争について知り、その規模や被害に衝撃を受けました。当時は、本もほとんどなくて学ぶことも困難でした。じゃあ現場で活動している人と関わろうとNGOに入り、難民支援の現場にも行きました。専門家がいないなら、自分がなろうと大学院進学を決めました。紛争を研究することは、紛争への対応を考えること、あるいは、将来的になくすことにつながるのではないかと思い、今も研究しています。

先生の研究報告(論文など)を見てみよう

「紛争後の権威主義体制下における「平和」の機能に関する研究」

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研究室に私のこれまでに刊行した書籍や、各地で買ったりもらったりした小物を並べました。研究は、大きな観点では、国際関係論の紛争研究を研究していますが、対象地域は旧ソ連地域です。ですので、本になった業績もそちらの方が多いです。ですが、紛争解決学のテキストも25年10月に刊行しましたし、紛争や平和に関する広い問題意識や議論と、地域的なミクロの分析の両方を大切にしたいと思っています。各地の小物が多数ありますので、どうぞ研究室を訪ねてください。
研究室に私のこれまでに刊行した書籍や、各地で買ったりもらったりした小物を並べました。研究は、大きな観点では、国際関係論の紛争研究を研究していますが、対象地域は旧ソ連地域です。ですので、本になった業績もそちらの方が多いです。ですが、紛争解決学のテキストも25年10月に刊行しましたし、紛争や平和に関する広い問題意識や議論と、地域的なミクロの分析の両方を大切にしたいと思っています。各地の小物が多数ありますので、どうぞ研究室を訪ねてください。
学生たちはどんなところに就職?

◆主な業種

◆主な職種

◆学んだことはどう生きる?

国際関係は、就職に即座に結びつく実用的な学問ではありませんし、そもそも国際系の仕事は、募集枠自体もかなり少ないので、大学での学びが就活や進路に直結するかと言えば、そうではありません。

しかし、ゼミで培った批判的な思考や物事を多角的に見る力、あるいは論理的な思考力、グローバルな視点で物事を俯瞰して見る力は、現在でも役立っていると多くの卒業生が言っています。文献を批判的に読み、議論する力なども、短期的には見えないような、人間としての底力になると。もっと学びたいと言って、大学院に進学する学生もいて、私の研究室はもちろん、フランスやオーストラリアなどの海外でも学んでいます。

先生の学部・学科は?

政策学部は、政治・行政学、経済学、法学、組織論と4つの柱があり、さらにそれらを架橋する、国際関係など多様なことを学べる学部です。私は、国際政治学や紛争研究を教えていますので、専門性を追求したうえで、多角的な観点から学ぶことを学生に求めています。

政策学部でユニークなのは、国際研修が豊富なことです。私のゼミでは、他の国際政治学の先生(月村太郎教授)と紛争と和解について学ぶために、例年、バルカン諸国を訪問しています。それと私のゼミがまさにそうですが、徹底した少人数教育です。ゼミ生一人一人の研究テーマに向き合って、クオリティの高い卒業論文を完成させる。つまり、あなたがやりたいことを追求できる学部だと思いますよ。

ゼミ生とバルカン研修で訪問したドイツのダッハウ強制収容所。紛争の過程で、国家の暴力は時に国内にも向きます。ダッハウ強制収容所は、当初はドイツ共産党員、労働組合員、ロマ(ジプシー)、同性愛者、常習犯などで占められていましたが、その後ユダヤ人が増加しました。紛争下では、他国民に向けられる暴力と収容もあります。例えば、米国でも日系人の収容施設が有名です。あるいは、ソ連には、独ソ戦で捕虜になったドイツ兵捕虜や、第二次大戦末期の日ソ戦で捕虜になった日本兵や軍属(女性も含むシベリア抑留)が有名です。私は、シベリア抑留についても、実は研究しています。
ゼミ生とバルカン研修で訪問したドイツのダッハウ強制収容所。紛争の過程で、国家の暴力は時に国内にも向きます。ダッハウ強制収容所は、当初はドイツ共産党員、労働組合員、ロマ(ジプシー)、同性愛者、常習犯などで占められていましたが、その後ユダヤ人が増加しました。紛争下では、他国民に向けられる暴力と収容もあります。例えば、米国でも日系人の収容施設が有名です。あるいは、ソ連には、独ソ戦で捕虜になったドイツ兵捕虜や、第二次大戦末期の日ソ戦で捕虜になった日本兵や軍属(女性も含むシベリア抑留)が有名です。私は、シベリア抑留についても、実は研究しています。
先生の研究に挑戦しよう!

まずは、紛争や平和ってなんなのか、その定義(概念的説明)について考えてみてください。そして、紛争や平和って数えることができるのか、どうやって始まるのか、どうやって終わるのかを考えてみてください。

簡単のようで難しいけれども、紛争と対立の違いは何なのか?どの時点で紛争は始まるのか、あるいは何を要因として始まるのか?どの時点で終わったと言えるのか?こういうことを考えないと、紛争と平和の説明もできません。平和も、単に武力紛争がない状態なのか、それとも死者がいない状態なのか、あるいは貧困や格差、差別がなくなった状態を指すのか?これらの問題を考えないと、世界に今、紛争は何件ありますとか、あるいは、これだけの人が紛争で死んでいますとか、そういう数字の背景にある問題も理解できません。あるいは、特定の紛争について、起源、原因、経緯、結果、問題などを考えてもよいでしょう。

中高生におすすめ

ボタン穴から見た戦争 白ロシアの子供たちの証言

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ(岩波現代文庫)

戦争は人々に何を経験、記憶させ、それは人々にいかなる影響を与えるのかを考えるうえで、本書や同氏のもう一つの作品『戦争は女の顔をしていない』は私たちに様々なことを伝えてくれます。

実は、私の息子も中学1年生の時に、私の書棚から『戦争は女の顔をしていない』を読みましたが、「すごい本だったけれども、重くて他の人に読みなとは勧められない」と言っていたので、子どもの視点があるという意味で、『ボタン穴から見た戦争』の方を勧めます。


民族とネイション ナショナリズムという難問

塩川伸明(岩波新書)

紛争が起きる一つの背景として、国家や国民の定義が曖昧になり、その一体性が失われ、国家の解体や再編、新たな国家の誕生が生じるプロセスがあります。

でも、そもそも、国家や国民を一つにまとめ上げているものって何でしょう?日本人=日本国民なのでしょうか?民族や国民って同じなのでしょうか?違うのでしょうか?民族主義(ナショナリズム)って、破壊と創造、どちらを生み出すのでしょうか?こうしたことを考えるうえで、本書は皆さんに様々な理解を提供してくれると思います。


民族紛争

月村太郎(岩波新書)

私の同僚の月村太郎先生(同志社大学政策学部)が書いた本です。上の本ともつながりますが、メディアでは、民族紛争という言葉はよく使われます。でも、その言葉の実態、つまり、民族紛争と形容されるものが、一体どういうものなのか、具体的な紛争事例について考えてみないと、その問題の複雑さも解決策の困難さも、理解できないはずです。ぜひ、この本を通して、色々な紛争について理解を深めてほしいなと思います。

一問一答
Q1.18才に戻ってもう一度大学に入るならば、学ぶ学問は?

多分、変えないと思います。哲学には興味は持っていましたので、悩むとしたら、そこは少しあるかも。

Q2.日本以外の国で暮らすとしたらどこ?

海外には多数行っているので、あまり住みたいとは思わないですね。これまでに行った国は、ロシア、キルギス、カザフスタン、ウズベキスタン、アゼルバイジャン、ジョージア、アルメニア、ボスニア、セルビア、オーストリア、ポーランド、ドイツ、フランス、アメリカなどです。皆さんが「生きている間に絶対に行かない地域」(チェチェン、ダゲスタン、イングーシ、北オセティア、ビロビジャン自治州など)も行きました。

Q3.大学時代の部活・サークルは?

バレーボール・サークル。素人でしたが、手足にサポーターをつけて、とにかくボールに飛び込むのが好きでした。

Q4.研究以外で、今一番楽しいこと、興味を持ってしていることは?

海外に行った際に三つのことをやるのを楽しみにしています。一つは、現地の食べ物と飲み物を楽しむこと(世界にはユニークな食事がたくさん)。もう一つは、現地のお酒を買って帰ってくること(今は各地のワインを旅の思い出とともに家で楽しんでいます)。最後に現地で、その国や都市の名所が描かれたガラス製のマグカップを買うこと(カラバフとチェチェンのコップは私しか持っていないはず)。


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