プラズマエレクトロニクス

プラズマの分析・計測

物理学は愉快だ! ~プラズマ分析装置の開発


實方真臣先生

東京工芸大学 工学部 工学科 電気電子コース

出会いの一冊

てんぎゃん 南方熊楠伝

岸大武郎(ジャンプコミックスデラックス)

学校教育では決して習うことがなかった明治期の天才・南方熊楠の存在を、『週刊少年ジャンプ』に連載されたこの漫画ではじめて知り、「こんな型破りな天才が日本にもいたのか!」と衝撃を受けました。

東大予備門に落ち、正規に大学を卒業していないため学士号を持たず、生涯にわたり在野の研究者として活動した天才・博物学者です。大英博物館に入りびたりながら、あるいは日本に戻って郷里紀州の山中に分け入ってキノコ類やコケ類等の研究を一人続けた人です。

現在においても、生涯に1本でも世界的な有名科学雑誌『Nature』に論文を掲載できた人は「殿堂入り科学者」と言ってよいぐらい、Nature誌に論文が掲載されることは栄誉で難関なことなのですが、南方熊楠は日本人初の掲載著者であり、かつ現在に至り日本人として自著掲載論文数が最多で、未だにその記録は誰にも破られていません。

また、南方熊楠が精力的に研究した粘菌の研究は、その不思議な生態から現代でも最先端の研究対象として研究が行われていますが、熊楠は粘菌のもつ特有な「知性」みたいなものを何か知っているのではなかろうか、とさえ思わせてくれます。

さらに、熊楠が宇宙の本質として描いた曼荼羅をはじめ、記述物の全容は、天才数学者ラマヌジャンや天才工学者テスラが書き残した膨大なメモと同様に、現在もなお彼らの理解した域に達せず未だに解読しきれていないことも数多く残されています。

野人のようにエネルギッシュで、早く生まれすぎた知の巨人・南方熊楠の生き方は、「どこの大学に入りたいか」の前に、生涯を通じて「何を知ることを自分は楽しいと思えるのか」、あるいは「何を知ることに熱中できるのか」を意識することが大学で学ぶ上で肝心であることを、私たちに気づかせてくれます。

こんな研究で世界を変えよう!

物理学は愉快だ! ~プラズマ分析装置の開発

プラズマでコーティング

とても短い時間だけ気体に高い電力を投じることで発生するプラズマ(高電力パルスプラズマ)の研究、およびそのプラズマ中の成分やエネルギーをリアルタイムで分析・計測するための新しい装置の開発を行っています。

高い電力を用いて短い時間だけプラズマを発生させると、プラズマ内のイオン量を増加させることができます。プラズマ内のイオンの量をほんの少し増加させるだけで、金属などの素材の上に非常に硬くて滑らかなコーティング膜を作ることが可能となります。滑らかな硬質膜のコーティングは、切削工具や自動車部品を長持ちさせる効果があるため、現在、金属加工を行う企業と他大学と共同で、プラズマ内のイオンの量をより正確に測定するための新しい方法について研究しています。

電子の振る舞いの研究から気体プラズマ研究へ

研究の世界に入って一番はじめに、原子・分子の中の電子1個の振る舞いについてレーザー光を用いて研究していました。その次に原子や分子が複数個集まってできた集合体(クラスター)を真空の中でつくり、クラスターの中の電子1個の振る舞いについて研究を行いました。この研究では、クラスター中の分子の数の増加とともに電子1個が軌道からほぐれる様子(自由電子発生の初期段階)を、レーザー光を用いた実験によって世界で初めて捉えることに成功しました。

その後、研究の興味は、金属原子が集まってできた小さな粒子(金属ナノ粒子)の中で無数の電子が示す集団的な振る舞いへと移って行きました。小さな金属原子の集まりの中での無数の電子が一斉に行う集団的な運動は、表面プラズモンと呼ばれる固体内で発生する一種のプラズマです。

このとき扱った目に見えない小さな固体内でのプラズマの研究が、現在研究する目に見えるほど大きな容量をもった気体プラズマへとつながることになります。

物理帝国主義

物理学がおもしろいのは、プラズマを例にすれば、対象が小さかろうが大きかろう(太陽のように巨大な気体プラズマ)が、プラズマの最も基本となる考え方は、そのサイズやスケールに関係なく同じであるという点にあります。

このような考え方、つまり素粒子から宇宙まで共通するより少ない原理やモデルで「この現実世界を統一的にすべて理解しちゃいましょう」という”物理帝国主義”的な考え方こそが、物理学を物理学たらんとしているおもしろさ・愉快さだと思っています。もしかしたら、コンピュータの作る仮想現実の世界も、量子情報の導入によって、この先、”物理帝国主義”の手中に収まることになるのかもしれませんよ。 

高出力パルスマグネトロンスパッタリンングで生成したプラズマ発光
高出力パルスマグネトロンスパッタリンングで生成したプラズマ発光
テーマや研究分野に出会ったきっかけ

タレントのおすぎとピーコさんや石ちゃんこと石塚英彦さんを先輩とし、佐藤紀子元アナ(級友)、安東弘樹アナ(後輩)ら多数のアナウンサーを輩出している横浜市立桜丘高等学校の自由でのんびりとした校風に育まれながら、私は勉強そっちのけの”全フリ”で高校時代を謳歌していました。どれほど勉強そっちのけの全フリであったかというと、高3の1学期には受験に向けて毎朝1時限目の前に補習授業が行われていました。私は、補習に出席もせずに早朝から逗子の海でひと泳ぎしてから高校に登校していたので、補習を終えたクラスメートからは「誰、海の匂いをさせているやつ?」って言われているくらいでした(笑)。

高3になってもそんな感じでしたので進路も全く決まっていませんでした。進路は、仲のよかったサッカー部の主将が言った「白衣がかっこいいから化学科を受ける」のひと言に、「じゃ、オレも」と深く考えもせずに決めました。ようやく冬休みに入って、「化学Ⅰ」の参考書をはじめて開いてみると、参考書の前半の章で書かれていた「電子を2つずつ軌道に詰めていく電子配置」という考え方に、とても魅了されたことを覚えています。すごく単純なルールにもかかわらず、周期表内あらゆる元素の大方の性質を知ることができる汎化された法則性の原理を、もっと深く知りたいと思いました。

しかし、参考書には「電子2個の理由はここではこれ以上説明しません。諸君は数年後に深く勉強することになります」と拍子抜けさせられるような一文が書かれており、「なぜ、今ここで教えてくれないのだろう」と物足りなさを覚えました。確か、そのときに「よし、化学に進んで電子についてもっと深く知ろう!」と決意したのだと思います(あとから思うに、参考書執筆者の興味を引き延ばす上手い書き方に、私はまんまと乗せられた訳です)。

ようやく化学へ進学することに気持ちが定まったものの、「化学Ⅱ」で扱われる化学の王道たる有機化学の面白さが分からず勉強の要領を全く得ないまま受験したものだから、結果は不合格連発という惨憺たるものでした。幸運にも、化学Ⅰの理解のみの受験で数校の大学から合格を頂くことができました。両親からは「まぐれで合格できたんだから(笑)、どこでもいいから入学して頂戴」と頼まれました。

合格した大学への入学金納付期限の迫る中、近所の書店で新書本か参考書(残念ながら書名までは思い出せませんでした)を、たまたま立ち読みしていて愕然としました。なんと、「電子2個の話は電子スピンの話とともに、根本原理は物理学(量子力学)で扱われる問題である」ということを知ることに。さっそく、両親に「間違えて化学科を受験してしまったようなので、物理学科を再受験させて欲しい」と言ってみたものの私の願いは却下され、「合格した大学の中から進学するように」と命が下りました。

ある大学から送られてきた入学案内にカリキュラムのことが細かく書かれており、その中に「物理化学」、「量子化学」という科目を見つけました。「化学科に進んでも、もしかしたら、電子2個の問題を勉強できるかもしれない」との一縷の思いを託し、その大学に入学することにしました。大学入学後は、化学の勉強は単位を取って留年しないようにしつつ、(自己流ゆえになかなか進まないものの)時間を見つけてはゼロから物理の勉強をコツコツとするようにしました(この経験から、「誰かに教えてもらう」という考えを捨て、興味のあることに対して独学独習する習慣と専門分野・学科の枠に囚われない雑食性の学習法が身についたのかもしれません)。

その後、卒業研究に配属された研究室で、レーザー光を用いて分子の中の電子の状態を探り、また電子のスピンを操る分光学の実験に夢中になって取り組むようなってから今に至るまで、光を使って電子を探る研究を一貫して行っています。「電子のことを知りたい」と思ったあの日から、また、誤って化学科に入学してしまって以来、これまで大学教育職の所属を、理学部物理学科→理工学部化学科→工学部一般教養(物理教室)→工学部電気電子コース、と化学と物理の間を減衰振動のように転々と異動しながら、今こうして「電子」を扱う電気電子コースに落ち着くことになろうとは、ゆめゆめ思ってもいなかったことです。

研究人生もそろそろ終盤を迎えつつありますが、有志有途、意志あるところに道は開かれる、ということをこの歳になりつくづく実感しています。バタフライ効果のように始まりからどう転ぶか予測もつかない、私のような例は単なる人生のいたずら、偶然に過ぎないのかもしれませんが、受験生の皆さんにも人との偶然の出会いを通じて何か一つでも、人生をかけて楽しみながら打ち込めるものが見つかればいいな、と願っています。

先生の研究報告(論文など)を見てみよう

「高出力パルスマグネトロンスパッタリングの成膜領域における新規イオン密度分光計測法」

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先生の分野を学ぶには
もっと先生の研究・研究室を見てみよう
プラズマ内イオンを分析するためのレーザー・プラズマ診断装置
プラズマ内イオンを分析するためのレーザー・プラズマ診断装置
学生たちはどんなところに就職?

◆主な業種

(1) 半導体・電子部品・デバイス

(2) 自動車・機器

◆主な職種

(1) 製造・施工

(2) 生産管理・施工管理

◆学んだことはどう生きる?

先生の学部・学科は?

東京工芸大学は2023年に創立100周年を迎えました。創立時から、東京写真専門学校→東京写真大学(通称:写大)→東京工芸大学(通称:工芸大)へと校名を変えてきていますが、現在でも写真・印刷・光・画像に関わる工学技術・情報技術・芸術を学ぶ大学に変わりはございません。最近は、工学部・芸術学部で行われる研究の中心に「色」というテーマを掲げた世界唯一となる「色の国際研究センター」を設置し、「色」のテクノロジー&アートを追求できる研究機関となっています。

実験室の風景(手前がレーザー光源、奥がプラズマの発生・分析を行うための真空装置)
実験室の風景(手前がレーザー光源、奥がプラズマの発生・分析を行うための真空装置)
先生の研究に挑戦しよう!

日常生活や自然界の中で自己発光する物や現象を探してみましょう。蛍光灯やネオン管のような気体プラズマや、LED光源のような半導体からなる固体プラズマなど、それらの発光色や電気との関わりについて調べることで、プラズマをより詳しく知ることができるようになると思います。

中高生におすすめ

物理学者はマルがお好き 牛を球とみなして始める、物理学的発想法

ローレンス・M・クラウス、訳:青木薫(ハヤカワ文庫NF)

物理学の愉快・痛快なところは、小さなものから大きなものまで自然界のすべてのモノ・ゴトをより単純化して眺めることで、その中に共通する本質的な部分が見えてくるところにあるのかもしれません。この本を読むと、そのことがよく分かります。物理学者は近似が大好きです。でも近似を多用している以上、物理学には発展の余地がまだまだたくさん残されていることになります。

物理学の中で、どこでどのように近似が使われているかを知ることで、高校まで習ってきた物理がすでに完成された退屈なものではないということが分かります。これから本格的に物理学を学ぼうという若い人たちにだって、まだまだ多くの開拓の余地が残されていることを、この本を通じて知って欲しいと思います。


子どもの伝記10 エジソン

桜井信夫(ポプラポケット文庫)

野球をしたり自転車に乗ったり昆虫採集(虫取りでわくわくしていた感覚は、実験して新しいデータを取るときにわくわくする感じとまったく同じです!)をしたりして、小学生の頃、とにかく家の中でじっとしていることができない少年でしたので(親にピアノを習いに通わされかけましたが、耐えきれず2回目で脱走して親も断念)、勉強も含め家の中で本を読んだ記憶はほとんどありません。

ただし、『名犬ラッシー』と『エジソン』の2冊だけは、途中で投げ出さずに最後まで一気に読み終えたことを覚えています。特に『エジソン』の作中に書かれていた「(私と同じぐらいの年齢の)エジソン少年が鶏の卵を自分のおなかで温めて、本当に雛に変えるのかを確かめるために実験する」くだりは印象的でした。

毎日のように大好きな卵がけごはんを食べているのに、エジソン少年のような実験の発想を一度も抱いたことがないことに「世界にはすごいことを考える子供がいるものだ」と感銘を受けたことを覚えています。そのとき、少年エジソンから受けた強い印象が潜在意識としてはたらき、私を実験や研究へと向かわせたのかもしれません。


宮本武蔵

吉川英治(新潮文庫)

小学生のときは、学校以外に自宅では本に触れない少年でしたが、中学生になると一転して読書好きになりました。そのせいか中学1年生まで左右ともずっと1.5であった視力が、中学2年生のときに急に下がってしまいました。中学2年生の視力検査では、私があまりにも「見えません」、「分かりません」と連発するものだから、「ふざけるな!」と視力検査を行っていた柔道部上がりの担任の先生を怒らせてしまいました。視力は0.7まで落ちていて、そのときから私の眼鏡人生が始まりました。

視力低下の原因は明らかで、中学2年に進級するふた月ほど前から毎晩就寝前にベッドランプの暗い明かりで『宮本武蔵(全7巻)』を夢中になって読んでいたためでした。視力の低下にも全く気づかないくらい短期間で乱視・近視となってしまった訳ですが、眼が悪くなるくらいに夢中になって読んだ宮本武蔵の小説からは、武蔵の「技」に対する一途な生き方のようなものを学ばせてもらったと思っています。

一問一答
Q1.18才に戻ってもう一度大学に入るならば、学ぶ学問は?

物理学(笑)

Q2.研究以外で、今一番楽しいこと、興味を持ってしていることは?

剣道(大強速軽に適う身体の運用というのは、多変数の最適化・制御問題のように難解です。だからこそ、生涯かけて追究するに値する研究対象のひとつであるのかもしれません。)

Q3.好きな言葉は?

急がば回れ

人生に無駄なことなどありません。逆に、目先のことに囚われ過ぎて、真の目的を見失わないことが大切です。人生や勉強を旅に例えるなら、江戸時代のお伊勢参りのように徒歩で行く旅もあれば、現代のように新幹線や高速道路を飛ばして一気に目的地を目指す旅もあります。ある意味で、あらゆる行動を極度に効率化できるようになった現代は、徒歩の旅でしか味わうことのできない風景や情景に触れる機会を犠牲にしているのかもしれません。

ギリシャ語に由来する学校や学者の語源は「暇」です。せめて若いうちは「暇」にまかせて、沢山無駄なことを行ったり・考えたり・勉強したりして欲しいと願っています。今後、人工知能(AI)が発達する社会においては、AIから見て人間の行う「無駄(=「遊び」と言い換えることもできます)」な行動の中にこそ、AIも発想できない何かが人間の存在意義として特別な輝きを放つことになるでしょう。ですので、若いうちは「無駄」を恐れず楽しみながら、様々な経験を積んでみることです。きっと、それが後になって自分の貴重な財産になることでしょう。


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