貧困 21世紀の地球
西川潤(岩波ブックレット)
私たちは、貧困の問題をどのように理解したら良いのでしょうか。「貧しいのは、仕事をしないで怠けているから」とか、「スラムに貧しい人たちが集まって住んでいる」などと思っていませんか。
本書は、貧困について、そのように思っている方々に是非読んでいただきたいです。というのは、現在の私たちの社会生活から貧困問題が消えてしまったわけではないからです。今でも、世界的には、失業者や高齢者、世界各国でみられる安い賃金で働く人々(ワーキング・プアと呼ぶ)など、生活の不安定性が増大する結果、貧困状態に陥る人々がたくさんいるのです。
西川は、貧困が発生するのは、この社会の仕組みである「資本主義体制において、人間が労働力(労働する能力)としてしかみられず、人間生活がその動きにふり回される結果」(5頁)であると述べています。グローバリゼーションの進展によって世界規模での貧富の格差問題が拡大していますが、私たちにとって避けて通れぬこの課題にどのように答えるか、是非参考にしていただきたいと思います。
ニューヨークに住むバングラデシュ移民の動向
1997年から12回バングラデシュへ
私が初めてバングラデシュを訪れたのは、1997年の8月です。ダカの喧騒から離れ、農村まで向かう車中から眺める雨季の風景は、悠々たる時の流れを感じさせるものでした。1999年から継続して文部科学省の科学研究費助成を受けられるようになり、12回にわたってバングラデシュに滞在しました。その間「貧困の発生要因や社会開発を推進する現地NGOの役割」について研究・調査を行いました。
バングラデシュを出た移民労働者の実態は
調査対象地域のクミッラ県は、日米主導による援助によって農村の近代化が推進されましたが、様々な格差が拡大する中で、そのしわよせは貧困層に及んでいます。橋梁建設や大規模な道路拡張計画では、貧困層が立ち退きを強いられました。
また、10年以上にもわたって調査を継続してきたS村の子どもが、大学を中退し、移民労働に就いたことに衝撃を受けました。この青年の現状を把握するために、アラブ首長国連邦に3回出向きました。そこで目の当たりにしたのは、建設労働や清掃労働を余儀なくされている移民労働者の過酷な労働実態でした。それ以降「途上国からの移民労働は貧困問題を解決できるのか」という関心に突き動かされ、多くの国々で調査を行いました。
NYにもバングラデシュ移民労働者が
2010年3月、バングラデシュ出身者が、ニューヨーク市の露店やフランチャイズ店等で働いていることを知りました。2012年以降、毎年ニューヨーク市を訪れるようになり、2017年度はコロンビア大学の客員研究員として移民労働者の研究を継続しました。ブロードウェイやタイムズスクウェアー等、華やかに映るマンハッタンの足元には、多くの移民労働者の姿があります。彼女・彼らは、子どもたちや兄弟のより良い将来を思い描いて、アメリカに移住しています。
移民第二世代の現状を分析
第二世代の子どもたちは、バングラデシュとはまったく異なる環境の中で育ち、どのような教育機会にアクセスして、どのような職業に就いているのか。大多数がイスラム教徒である彼女・彼らは、アメリカ社会のなかで、偏見や差別といった問題に遭遇することがあるのか。第一世代が重きをおく母語や文化をどのように受け止めているのか。現地で生活する人々との対話を通して、こうした課題を紐解きながら、現状分析に努めています。
ニューヨーク市への移民労働者:女性の就労はエンパワメントにつながるのか?
バングラデシュの農村で暮らす女性は、就労しているごく一部の人々を除いて、家屋とその周辺で過ごすことが一般的です。高校卒業後に渡米した女性によれば、農村では生活に困窮することもなく、家族との食事や団らんといった繰り返しの中で、時間はゆっくりと流れていました。
これに対して、ニューヨーク市では生活費を捻出するための雇用機会が優先されます。厳しい生活環境の中で、兄弟や両親を呼び寄せるといった当初の計画を実現させた女性もいます。彼女たちが移住先で直面する問題や葛藤に着目した上で、移民女性の就労がエンパワメントにつながっているのか否かについて、研究を継続しています。
「ニューヨーク市におけるバングラデシュ出身の移民:移民第二世代の生活実態調査」
阪本公美子
宇都宮大学 国際学部 国際学科/地域創生科学研究科 社会デザイン科学専攻
タンザニアの貧困地域、リンディ州での長期に及ぶ現地調査を通して、開発と文化の関係性を読み解き、当該地域での内発的発展の可能性について、現地で生活する人々の視点から分析しています。「文化は開発を推進する上での弊害になる」といった先行研究を批判的に検討し、現地で生活する人々の文化を尊重し、彼女・彼らの参加を重視することこそが、社会開発(発展)の要件となることを、継続的な現地調査を通して検証しています。
竹峰誠一郎
明星大学 人文学部 人間社会学科/人文学研究科 社会学専攻
1998年からマーシャル諸島に通い続け、現地において丹念な調査を継続しています。とりわけ、被害地域の現状、人々の暮らし、被害者の声を通して、避難・除染・再居住の問題、暮らし・文化・心への影響、健康被害、人体実験疑惑の詳細を明らかにしています。機密解除されたアメリカの公文書をていねいに読み解き、不可視化された核被害の実態と人びとの歩みを追っています。現地での核被害の視点から、継続的な研究・調査を通して、核実験がもたらす深刻な被害状況を克明に描き出し、被害者の視点から問題提起しています。
◆鈴木弥生ゼミでは
広い視野からとらえ、足元で行動する(Think Globally, Act Locally)。この言葉をキーワードに、貧困や子どもの労働の発生要因、途上国で生活する貧困層と私たちとのつながり、グローバリゼーションの進展に伴う国際労働移動、社会開発の推進媒体としての国際NGOの理念と活動実態について学びます。学生生活を有意義に過ごすためにも、地球規模での社会問題とそれらの発生要因、そして、学ぶことの大切さや楽しさを知ってほしいと思います。
◆ゼミのほかには
「社会開発論」、「国際NGO論」、「国際福祉論」や「Nativeから学ぶ海外の文化や社会問題」といった講義を担当しています。
◆コミュニティ福祉学部の鈴木弥生教授が「国際開発学会奨励賞」を受賞(立教大学HP)
◆鈴木弥生教授が「国際開発学会奨励賞」を受賞(立教大学コミュニティ福祉学部HP)
◆大学教員インタビュー 鈴木弥生教授(立教大学コミュニティ福祉学部HP)
Think Globally, Act Locally.
広い視野から地球規模で発生している社会問題をとらえ、草の根のコミュニティ・レベルでのアプローチを思考する力を養います。貧困や紛争、子どもの労働、移民や難民、社会的排除、社会的な格差、アメリカと日本の生活困窮者、また、生きづらさを抱える人たちの現状を学び、文献購読のみならず、国際NGOやNPOの訪問、異文化交流、コミュニティの領域性、公共空間の創造、連帯経済、政策提言、社会調査実習、有機農業体験等を通して、持続可能な人間の生活、ウェルビーイング実現について学ぶ機会を提供します。
自由の学府・立教大学の建学精神に基づき、「真理を絶えず探求する旅人」となって、コミュニティ政策学科でともに学んでみませんか。
医者、用水路を拓く アフガンの大地から世界の虚構に挑む
中村哲(石風社)
現地に入り、そこで生活する人々の視点から現状をとらえ、持続可能な発展を導いたペシャワール会・中村哲と民衆による記録です。
中村は医師であり、ペシャワール会の代表です。この会は、1984年から現地の医療活動を支えていましたが、2000年から、それと並行して、現地で生活している民衆とともに、井戸掘削と農業用水路の発掘に取り組みました。この活動は、戦乱と旱魃で疲弊したアフガニスタンの当該地域に、雇用と農作物の自給をもたらしました。戦闘や武器を持って解決することは何もありません。現地で暮らす人々の視点から考え、現地の民衆を巻き込みながら、持続可能な発展を導いた軌跡がここに見てとれます。
LION/ライオン 25年目のただいま(映画)
ガース・デイヴィス(監督)
インドの貧しい地域に生まれ、5歳で迷子となった少年は、養子としてオーストラリアに渡り、愛情深い養親に育てられます。しかし、封印していたはずの記憶、≪家族で日銭を稼ぎ、貧しくも分かち合い支えあった日≫は、成人後も色褪せることはありませんでした。インドの貧困層が直面する厳しい現実、血縁を超えてつながる家族の絆、成人したのち、わずかな記憶と最新技術を駆使して、広大なインド、生まれ故郷に戻り実母に再会するまでの記録が、実話に基づいて描かれています。
これを見て、なお筆者の脳裏にあるのは、いまだバングラデシュやインドで取り残されている多くの子どもたちのことです。日銭を求める幼い子どもたちを忘れることはありません。こうした状況のない社会の実現こそが、社会開発(発展)の目指すべきところです。
女工哀歌 CHINA BLUE(映画)
ミカ・X・ペレド(監督)
あなたは、店で買ったシャツやスラックスなどの衣類がどこでどんな人たちによって作られたか、関心がありますか。私たちが身につけているジーンズは、一体どこで、どのような人たちが作っているのでしょうか。世界的に、衣類の生産で最も多く目にするのが「メイド・イン・チャイナ」です。中国は、1970年代末から輸出向け工業化に力を注ぎ、今や「世界の工場」と呼ばれるようになりました。
本作品は、そのような形で著しく経済成長した中国の衣類縫製工場内の模様が描かれたドキュメンタリーです。貧しい農村出身の少女たちは、アメリカ合衆国の大手マーケット・チェーンで売られるブルー・ジーンズの糸きりや縫製作業を、毎日長時間行って、両親に仕送りをしています。仕事は厳しい監視つきで、ミスは許されません。時には残業をして徹夜になることがあるにもかかわらず、残業代が支払われない事態が生じたのです。
それに対して少女たちは立ち上がり、工場主らに抗議をします。今日、私たちの生活に不可欠な農作物や原材料、さらに衣類やスポーツ用品などの軽工業製品が、アジアの国・地域の貧困層によって、劣悪な環境の中、安い賃金で生産されています。こうした働く現場の実情を見るにつけ、私たちはどのように対応すれば良いのか、それを考える材料にしていただけたらと思います。