図書館情報学・人文社会情報学

書物史

活版印刷初期の聖書を分析、書物文化の変遷を探る


安形麻理先生

慶應義塾大学 文学部 人文社会学科 図書館・情報学専攻(文学研究科 図書館・情報学専攻)

出会いの一冊

ペナンブラ氏の24時間書店

ロビン・スローン、訳:島村浩子(創元推理文庫)

風変わりな24時間営業の書店から始まる小説です。書店、古書店、会員制図書館、地下の秘密の印刷所、本に隠された暗号、実在の15世紀の活字父型彫刻師グリフォ、グーグルブックス、画像からのOCR(光学的文字認識)など、初期印刷本から最新のデジタル化に至る、本を取り巻く様々な要素が盛り込まれています。紙の本が好きな人にも、電子書籍で十分だと思う人にも、本という存在の奥深さを楽しんでもらえる一冊です。

こんな研究で世界を変えよう!

活版印刷初期の聖書を分析、書物文化の変遷を探る

15世紀半ばに活版印刷術が登場

「本」といわれて思い浮かべるのは、タイトルページや目次をもち、ページ番号が振られ、参照用の本なら索引があるという形でしょう。当たり前だと思うかもしれませんが、これは書物5000年の歴史の中では比較的新しい形なのです。

西洋では15世紀半ばにグーテンベルクが活版印刷術を発明し、書物の大量生産への道を開きました。印刷術は知識の伝達方法を変え、社会に大きな影響をもたらしました。近年、写本(手書きの本)から印刷本への移行についての研究が進みつつあります。

初期の聖書の書体や色、挿絵などを調べる

現在、徳永聡子先生、池田真弓先生と一緒に、初期の聖書約400点を対象に、文字の書体や色、索引などのツール、挿絵や飾り文字の有無といった物理的な特徴や、序文の内容などを調べ、印刷業者の認識と読者の期待との相互作用を分析しています。そこから、当時の人々が抱く「書物のあるべき姿」がどのように変わり、共有され、新しい書物文化の規範となっていったのかを明らかにすることを目指しています。

書誌学、文学、美術史の3分野から分析

専門分野が異なる3人の共同研究という強みを活かし、書誌学、文学、美術史という複数の分析方法を採り、議論を深めています。なお、私たちは学生時代に貴重書デジタル化の研究プロジェクトで知り合い、共通の関心から共同研究に取り組むに至りました。大学には様々な出会いの機会があるのです。

本は、中身を読まなくても、形だけでも多くを語ってくれます。当たり前の本の形が当たり前になるまでの過程を解明したいと思っています。

ミズノプリンティングミュージアムのご協力を得て開催した印刷実験ワークショップより。復刻活字をStanhope印刷機で印刷した後、スキャナでデジタル画像化し、分析。
ミズノプリンティングミュージアムのご協力を得て開催した印刷実験ワークショップより。復刻活字をStanhope印刷機で印刷した後、スキャナでデジタル画像化し、分析。
先生の専門テーマ<科研費のテーマ>を覗いてみると

「初期印刷文化における『書物のあるべき姿』の変容の総合的な解明」

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注目の研究者や研究の大学へ行こう!
どこで学べる?
先生のゼミでは

ゼミ(図書館・情報学研究会)では、私の研究領域は気にせず、自分が面白いと思うテーマを見つけるよう薦めています。与えられた問題ではなく、自分で課題を設定するのは大変ですが、「卒業論文はテーマが決まれば半分書けたようなもの」を合言葉にしています。

もっと先生の研究・研究室を見てみよう
慶應義塾で開催した国際シンポジウムでの発表風景
慶應義塾で開催した国際シンポジウムでの発表風景
先輩にはこんな人がいる ~就職

◆主な業種

(1)官庁、自治体、公的法人、国際機関等

(2)IT業界、ソフトウェア、情報システム開発

◆学んだことはどう生きる?

国立国会図書館や大学図書館、公共図書館、IT業界に就職したゼミ生たちは、大学で身につけた知識やスキルを直接的に役立て活躍しています。同じ職業についた先輩が後輩の相談にのることもあります。大学で学んだ知識はもちろんのこと、卒業論文を執筆する中で、課題を見極め、それを検討するための証拠(論拠)を探し、分析して、論理的に明快に説明するというスキルを身につけたことは、どの職種でも役立っているようです。

先生の学部・学科は?

図書館・情報学専攻では、「情報」という視点から社会の問題を発見し、解決できる能力の育成を目指しています。そのために、情報の生産、伝達、検索、利用、保存の過程、そこに見られる現象、関連技術、社会的制度などについての知識を幅広く習得します。図書館情報学は、日本では限られた大学でしか開講されていない学問分野です。卒業生は、図書館や情報関連の分野をはじめとして、様々な分野で活躍しています。

中高生におすすめ

世界哲学史

伊藤邦武、山内志朗、中島隆博、納富信留(ちくま新書)

西洋哲学だけでなく、これまでは東洋思想、イスラーム思想などとして区別されてきた西洋以外の地域の伝統も包括的に扱い、より普遍的な「世界哲学」への道を開こうとする全8巻のシリーズです。こんな壮大な試みを新書で読めるなんて幸運ですね。文化や思想の多様性の上になりたつ社会を生きる中高生の皆さんに、もちろん大人にもお薦めします。


書物の出現

リュシアン・フェーブル、アンリ=ジャン・マルタン、訳:関根素子、宮下志朗、長谷川輝夫、月村辰雄(ちくま学芸文庫)

原著の出版は60年以上前ですが、本と社会の関係を考える上で、今でも必読の1冊です。印刷本が誕生し定着した要件や発展史だけではなく、印刷本の社会への影響という、相互作用が描き出されています。もちろん、細かい部分はその後の研究でアップデートされていますが、人によって生み出された本が、経済的・政治的な動きの要因にもなるという視点が新鮮で、初めて読んだとき、活版印刷術と宗教改革との関わりの議論に衝撃を受けました。SNSが発達した今を考える上でも参考になりそうです。


先生に一問一答
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?

図書館情報学。今の研究が楽しいので、同じ分野です。でも、今ならもっとデジタル化が進み、様々な新しい研究ツールが利用できるので、同じテーマで別のアプローチも試すことができそうです。

Q2.熱中したゲームは?

『ドラゴンクエスト』。最近は『ドラゴンクエストウォーク』。

Q3.大学時代のアルバイトでユニークだったものは?

 貴重書デジタル化の研究プロジェクト。撮影現場で小道具を用意したり、本のページを押さえたりするところから、画像を加工し、研究に活用するところまで体験できました。今の私があるのも、この経験のおかげです。

Q4.研究以外で楽しいことは?

子育て。山あり谷ありですが、あっという間に過ぎてしまう時間を楽しもうと思っています。パピルスを育てているので、今年の夏は子どもたちと一緒にパピルス紙作りにチャレンジします。

Q5.会ってみたい有名人は?

ヨハン・グーテンベルク。有名なのに、謎に包まれた人物です。タイムマシンがあったらグーテンベルクの印刷工房に行き、微に入り細を穿ち、見聞きしてきたいと思っています。


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