テレビ・映画・書籍に垣間見える孤独を探る
オンラインで「つながって」も疎外感・孤独感
コロナ禍の中、テレビ番組では、オンライン会議システムを通してリモート出演する人たちの会話によって進行させられることが多々あります。互いに切り離された状態で自宅から話す出演者たちを見て、私は「みんな孤独だなあ」と感じます。
私自身も授業や会議でこれを使ってみて、最初にカメラの向こう側に向かって語りかけたとき、相手の声はPCから聞こえているのに、自分の声はリアルな個室のなかに響いてるにすぎないことに驚き、自分が疎外されてしまったように感じて、思わず「聞こえてますか」と確認を取ってから話を始めることになりました。見ていると、誰もがそうしています。私たちは確かにそこで「つながって」いますが、「孤独」も感じるはずです。
金曜日夜、一人で「バルス」とツイート
このオンライン会議における「孤独」と「つながり」の問題は、いまに始まったことではなく、近代社会で様々なメディアを通して私たちが体験してきたことだと思います。
読書も映画鑑賞も同じです。あるいはツイッターで、金曜日夜に『天空の城ラピュタ』がテレビ放映されるとき、主人公たちが「バルス」という滅びの呪文を唱える瞬間に、皆が一斉に「バルス」とツイートするとき、人びとは「つながって」遊戯するのですが、金曜日夜の自室でスマホに「バルス」って書いている人は孤独だなあと思ったりします。
こうした、メディアが平凡な人たちの生活にもたらしてきた孤独の感覚を、歴史のなかから探り出したい。そんな研究を目指しています。
「メディア文化における「孤独」の系譜」
◆ゼミに配属されたときに
どの先生が良い先生かは決してわからないという話をします。「良い先生と出会うと人生が変わります。それは、出会う前に持っていた価値観が変わってしまったからこそ、良い先生なのです。だから良い先生を事前に選ぶことはできません。自分自身が未知の自分に変化することを受け入れれば、目の前の先生が良い先生になるのです。」と話しています。
◆主な業職種
(1)通信事業の営業職
(2)マスコミ(アナウンサーなど)
◆学んだことはどう生きる?
あらゆる業界で活躍する多様な学生を卒業させてきましたが、私の専門学問をいかに活かしているかはまったくわかりません。そのように直接仕事に役に立つような知識やスキルを教えているのではなく、世界の変化に向き合える柔軟な感受性を伝えているように思います。
文化構想学部の表象・メディア論系は、従来の人文学を刷新するような新しい学問を探究する場として作られました。既存の芸術のみならず、テレビや映画やメディア・アートなどのメディア文化からマンガやアニメなどのサブカルチャーまで、これまで大学では扱わなかった領域も含めて、人間が作り出した諸文化を広い視点から扱っています。
Q1.一番聴いている音楽アーティストは? グラディス・ナイト&ザ・ピップス。特に、『さよならは悲しい言葉』。 |
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Q2.感動した映画は?印象に残っている映画は? ハワード・ホークス監督の『リオ・ブラボー』。 |
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Q3.研究以外で楽しいことは? 渋野日向子のゴルフをテレビで見ること。 |
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Q4.会ってみたい有名人は? カーリングの本橋麻里。 |