最先端の情報科学を使った歴史学研究が盛んです。国立歴史民俗博物館の橋本先生は、クラウドコンピューティングを利用し市民参加を呼びかけ、地震の古文書の解読に取り組んでいます。しかもそれと連携し、古い史料を読めない人のための古文書解読の教育サービスを展開。地震研究に役立ち、人材も育てる一石二鳥の画期的な方法について語りました。
クラウドで呼びかけ、アプリで学習。地震史料をみんなで解読する~歴史学の情報科学
市民参加の「みんなで翻刻」プロジェクト
地震予測の研究は今や日本の必須の課題になっています。将来起きる地震に備えるためには、過去発生した地震を研究する必要があります。しかし、近代的観測データは、1880年代以降しか存在しません。私は地震学研究者との共同で、江戸時代以前に起こった古い地震の記録の解読に取り組んでいます。
この取り組みに当たって難関は、膨大な数の古文書を解読する「翻刻」と呼ばれる作業です。翻刻することで、古文書は読みやすくなり、データとして活用しやすくなります。しかし翻刻には非常に長い時間と手間がかかります。翻刻をコンピュータが自動的に学習しながら遂行してくれる機械学習という方法の研究も進められていますが、まだ有効な実用化に至っていません。
そこで私は、いわゆる「クラウドソーシング」を駆使して地震史料を翻刻するプロジェクトを立ち上げました。オンラインで参加するたくさんの市民ボランティアを募り、協力いただいて、翻刻を一挙に成し遂げようというアプローチです。このプロジェクトは2017年に公開され、「みんなで翻刻」と呼ばれています。
みんなで翻刻の史料翻刻画面を開くと、プロジェクトに参加する市民は、画面右側に表示された地震の古文書の画像を見ながら、左側のエディター画面に翻刻文を入力していきます。
古文書の読める市民を育てる、くずし字学習支援アプリ開発
ただし問題も残されています。古文書に書かれた「くずし字」を解読できる人は、現代の日本人口の1%にも満たないのです。そこで翻刻できる市民の増加をもくろみ、古文書解読の学習サービスと連携しました。例えば一例として、私が少し以前にスマホ用に開発した「くずし字学習支援アプリ」があります。このアプリはこれまでに12万回ダウンロードされています。このアプリで古文書解読のスキルを習得するとともに、翻刻にチャレンジする人を増やすという一石二鳥を実現しました。
もう1つの試みに、翻刻文の相互添削サービスがあります。「みんなで翻刻」のシステム上で誰かが翻刻すると、その内容が全参加者共通のタイムラインに投稿されます。その翻刻内容に間違いがあったり、見落としていることがあったりすれれば、誰でも修正を加えられるようにしたのです。
みんなで翻刻のシステム公開から2年が経過した時点で、参加登録者数は4600人、入力された文字数は578万文字に達しています。その結果、東大地震研究所の持つ地震関係の災害史料500点のうち97%、485点の翻刻が完成しました。非常に大きな成果と言えます。 しかしまだまだ日本には、数多くの翻刻されていない災害史料が残されています。今後も情報技術を駆使して、さらなる規模の市民と研究者の協働作業の実現に取り組んでいきたいと思っています。
和本のすすめ 江戸を読み解くために
中野三敏(岩波新書)
江戸時代以前に刊行された書籍(和本)の分類、形態、出版流通、受容について記した入門書です。近代以前の日本の文字文化について知ることができます。私たちが普段慣れ親しんでいる書籍や文字が、つい150年程前の時代には全く別の形態で存在していたことを実感することができる良書です。
トオマス・マン短篇集
トーマス・マン(岩波文庫)
高校時代の鬱屈していた頃にトーマス・マンの短編をいくつか読み、主人公にいたく共感を覚えていました。初期のトーマス・マンは暗い話ばかりですが、自意識過剰だったり人付き合いが苦手だったりする高校生には結構刺さる作品が多いと思います。『トニオ・クレーガー』もおすすめ。
黒い家
貴志祐介(角川ホラー文庫)
角川ホラー文庫というものがあり、高校生の頃、一時期このシリーズばかり読んでいました。貴志祐介はこの時期に知った作家の一人で、現在でも新刊が出れば欠かさず購入します。
ウィトゲンシュタイン
ノーマン・マルコム 板坂元:訳(平凡社)
分析哲学の始祖L・ウィトゲンシュタインの弟子による伝記本です。高校生の頃にたまたま手に取り、私が文学部に進学するきっかけになりました(今は全然関係ないことを専門にしていますが)。