原子・分子・量子エレクトロニクス

ネコは死んでいて生きている?:奇妙な状態と量子コンピュータ


近藤康先生

近畿大学 理工学部 理学科 物理学コース(総合理工学研究科 理学専攻)

どんなことを研究していますか?

20世紀の文明に大きな影響を与えたのは量子力学です。量子力学の不思議さを表す「シュレディンガーのネコ」という仮想実験があります。ネコを入れた箱に放射線原子の崩壊に応じて毒ガスが出るような装置をつなぎます。放射線原子の崩壊の確率が1/2のとき、箱の中のネコは死んでいるでしょうか、それとも生きているでしょうか。問いも不思議ですが、その答えもまた奇妙です。

「箱の蓋を開けるまではネコの生死は決まらず、どちらでもある(量子力学的な重ね合せ状態)。ところが、蓋を開けてネコの生死を観測した瞬間、ネコの生死は決定される。」と考えるのです。観測者が見るまではネコが死んでいて生きているという不思議な状態が起こり得るというのです。

私は、量子力学を応用した未来のコンピュータ(量子コンピュータ)開発のための基礎研究に取り組んでいます。量子コンピュータは、通常のコンピュータに比べて、特定の計算ではケタ違いの処理能力を持つと言われています。量子力学は、原子や電子と言ったミクロな世界を対象にした学問ですが、私たちの常識がしばしば通用しないことがあります。

その典型的な例が、「シュレディンガーのネコ」実験で見たような、状態の重ね合わせと言われるものです。このように不思議な量子力学をうまく応用することで、役に立つ何かができるのでないかと考えられたのが、量子コンピュータです。最近では、量子力学を応用した測定も研究しています。

量子コンピュータの計算能力で暗号解読

量子コンピュータが実用化されると、暗号解読に利用できます。現在、インターネットでは個人情報の保護のために、RSA暗号というものが使われています。この暗号は、素因数分解を応用しています。素因数分解は中3数学の「素因数分解・約数」でも習いますが、ある正の整数は素数の積の形で表すことができます(素因数分解するという)。

RSA暗号では、大きな数の素因数分解が困難なことを暗号技術に利用しています。しかしこのRSA暗号は、既存のコンピュータとは異なった原理の量子コンピュータが実用化されれば、解読されてしまいます。一方、どのような手段を用いても盗まれることのない暗号鍵を送る技術が、量子力学の応用としてすでに実現されています。

2019年には、量子コンピュータが、ある特別な計算では既存のコンピュータよりはるかに高性能であることを示す実験がグーグルの研究グループによって行われました。

APSのkaleidoscopeに採用された図。論文Physical Review A88, 022314 (2013年)の図6。ある場合の量子力学的な相関の一種であるquantum discordを表している。
APSのkaleidoscopeに採用された図。論文Physical Review A88, 022314 (2013年)の図6。ある場合の量子力学的な相関の一種であるquantum discordを表している。
この分野はどこで学べる?
学生はどんなところに就職?

一般的な傾向は?

4年生で卒業する学生で、専門分野(物理)を活かした就職ができる学生は残念ながら非常に少ないです。大学で勉強した専門分野を活かした就職をするためには、大学院に進学する必要があります。

しかしながら、大学(学部)で物理学を勉強することは広い意味で将来の役に立ちます。物理学は「数学を使った論理的な思考法」を訓練する上で最適な学問です。この能力は将来を切り拓く「知的な武器」になります。

先生の学部・学科はどんなとこ

近畿大学は「マグロ大学」として知られているかもしれませんが、マグロだけではありません。私が所属する理工学部理学科物理学コースでは、研究も活発に行われています。物理学コースでは、素粒子のような微小なものから宇宙全体という大きなものまでが研究の対象です。どのような学生でも、その興味を持てる研究テーマを見つけることができます。

上記の写真は、2019年に開催された量子コンピュータと量子センサーに関する研究会の一コマです。量子力学を応用してより高性能なコンピュータやより感度の高いセンサーを開発する研究が今注目され、新聞や雑誌でも度々取り上げられています。通常のコンピュータでは0か1の状態になるビットを基礎に計算を行います。しかしながら、量子コンピュータでは「同時に」0と1の状態になることができる奇妙な量子ビットに基づいて計算を行います。量子コンピュータが実現されると、今インターネットで使われている暗号が無効になり、社会に大きな変革をもたらすと期待されています。

近畿大学では、2007年には学術研究高度化推進事業の下に「量子コンピュータ研究センター」を発足させて、量子コンピュータの研究を進めてきました。また、2017年からは戦力的創造研究推進事業(CREST)における「量子状態の高度な制御に基づく革新的量子技術基盤の創出」の研究領域でNTT物性科学基礎研究所が主導する「超伝導量子ビットを用いた極限量子センシング」研究の一端を担っています。

その一環として、2019年6月19日に上海大学、産業技術総合研究所、そして近畿大学の研究者が集まり研究会を開催しました。また、8月8日には、NTT物性基礎科学基礎研究所、静岡大学、そして近畿大学の研究者が集まりました。

もっと先生の研究・研究室を見てみよう
先生からひとこと

どのような分野でも良いですから「突き詰めて考え抜く」習慣をつけると良いと思います。「考える」ことは、とても楽しいことです。

2014年8月にOxford大学のJonathan Jones教授の研究室に滞在したときのアパートの同居人?アパートの中庭にいました。
2014年8月にOxford大学のJonathan Jones教授の研究室に滞在したときのアパートの同居人?アパートの中庭にいました。
先生の研究に挑戦しよう!

・偏光子を使った量子ゼノン効果

偏光子を2枚垂直に配置すると光は透過しません。ところが、3枚目の偏光子を斜めに2枚の偏光子の間に入れると、光が透過するようになります。これは,量子ゼノン効果の現れと考えることができます。

・原子核の「声」を聞こう

創薬分野で活躍している核磁気共鳴(NMR)装置があります。NMRは病院で体の断層写真を得るMRI装置の原理でもあります。簡単なNMR装置は作ることもできます。

詳しくは,私が書いている大学1年生向けの物理の教科書『物理学概論:熱・波・電磁気・原子編』のコラム(第4章と7章)を参照してください。同書の他のコラムや、『物理学概論:力学編』のコラムも参照ください。

興味がわいたら~先生おすすめ本

鏡の中の物理学

朝永振一郎(講談社学術文庫)

ノーベル賞を受賞した朝永振一郎による科学の啓蒙書は、どれも巧みなユーモアと平明な文体で書かれています。この本の中の「光子の裁判」は量子力学の不思議さを、「波乃(なみの)光子」を被告人にした裁判という仕掛けで、わかりやすく解説しています。また「光子」をどのように読むか(こうし?みつこ?)をわざと曖昧にしている点からも著者のいたずら心を感じることができます。量子力学の勉強を始めるときに読んで欲しい本です。 


光と物質のふしぎな理論 私の量子電磁力学

リチャード・P.ファインマン 釜江常好、大貫昌子:訳(岩波現代文庫)

この本の著者ファインマンは、量子電磁力学の功績でノーベル賞を受賞しました(朝永振一郎、ジュリアン・S・シュウィンガーと一緒に受賞)。ファインマンは「ファインマン物理学」という物理学の教科書でも有名ですが、「経路積分法」を開発したことでも有名です。この本は、その難しい経路積分法の本質をわかりやすく解説した本です。



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