経済統計

大規模災害の経済被害

災害大国日本! 復興予算を正しく決めるための経済学研究


齊藤誠先生

名古屋大学 経済学部 経済学科(経済学研究科 社会経済システム専攻)

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著書の風景


◆どのようなご研究をされていますか

2011年3月11日の東日本大震災と大津波、福島第一原発事故の大惨事が、地域経済や日本経済に及ぼした影響を、できるだけ客観的に分析するとともに、震災からの復旧や復興を促進する政策や、将来の大規模自然災害に備える政策について、考察しています。

特に重要な情報は、地図上の位置情報に経済社会データが結び付けられた、地理情報データでした。すでに2011年3月末時点で国土地理院は、大津波で被災した地域の位置情報を、地理情報データとして公表していました。そこで、このデータを2010年以前のデータと重ね合わせることで、大震災の経済的な被害規模を、できるだけ客観的に推計しました。

◆なぜそのような研究が必要であると思われますか

大震災当初、あれだけ大規模な報道がなされたにもかかわらず、経済的な被害規模について客観的な情報が不足しており、政府レベルの復興予算策定も「いくらなんでもこれは過大見積もりではないか!」と思われるような被害想定に基づいていました。

その結果、復興予算は膨張に膨張を重ねていきました。例えば、政府が想定した膨大な被害規模を基にした建物被害の推計は、10兆円を超えるものだったのに対し、実際の建物被害は4兆円程度だったのです。

◆どうしてそのようなことになってしまったのでしょうか

震災当初多くの人々が、経済的な被害額が天文学的な水準に達すると考えてしまったのも、テレビの映像や新聞の写真で報じられた沿岸部の悲惨な津波被害が、内陸部を含めて東日本全体に及んでいるかのように錯覚してしまったからです。

実は沿岸部から少し内陸部に入ると、建物の倒壊において深刻な被害はそれほどでなかったのです。また、沿岸部は大震災以前から少子高齢化の影響を受けており、経済社会活動が必ずしも活発ではなかったのです。「東日本」大震災という名前も、東日本全体に深刻な経済的被害が生じたような印象を与えてしまったのでしょう。

◆客観的なデータに基づいた分析は、具体的にどのようなことにつながっていくのでしょうか

足りなくなるぐらいであれば、被害想定は多めに見積もった方がよい、と考えられるかもしれません。しかし予算というのは「少ない」のも困りますが「多すぎる」のも困ってしまうのです。

将来の人口動向を上回るような復興住宅を作ってしまえば、空き家ばかりになります。空き家でも修繕維持経費がかかりますから、地元自治体はずっと費用を負担し続けなくてはなりません。また、高齢化で多くの人々が漁業を廃業しようとしている漁村に、立派な漁港を再建しても無駄になってしまいます。

そもそも復興予算は、国民が納めた税金を財源としています。なので、震災被害地へ無駄に投ぜられた資金は、本来であれば日本社会にとって、他に有用な使途に用いられるべきものなのです。東日本大震災の被害を極めて過大に見積もってしまったという事態は、将来の大規模自然災害に対して備える上で、貴重な教訓にもなります。

SDGsに貢献! 〜2030年の地球のために

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SDGsに掲げられている17の目標は、いずれも重要な課題なのですが、私の立場でそれらの目標を達成するために、直接できることはほとんどありません。むしろ、将来これらの目標に勇気をもって立ち向かう若者に対して、質の高い教育を提供することを目標としていきたいです。

この道に進んだきっかけ

研究や教育を自らの仕事にしようと思ったきっかけは、細かなことをあげればきりがないのですが、次の2つが最も重要なものでした。第1に、何かを一生懸命に考えている時が、辛いことも多いけど、とても楽しいのです。第2に、教育の現場で若い人と一緒に学んでいくことが、大好きです。まったくもって素朴な動機で、本当に申し訳ないです。

どこで学べる?
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学生はどんな研究を?

私の学部ゼミでは、日本経済を念頭に置いたマクロ経済学的な研究、金融論的な研究を進めています。特に、マクロ経済活動を記録する統計である国民経済計算(内閣府が所管)や、日本銀行が公表する金融市場情報などの統計データの読み方をみっちりと勉強して、できるだけデータに依拠した研究を、学生たちに勧めています。

また、新しい経済制度や金融制度についても、できる限り関心を持っていきたいと考えています。最近では、ビットコインなどの仮想通貨や、フィンテックなどの新しい金融技術についても、最新の動向を研究するようにしています。

学生はどんなところに就職?

◆主な業種

これまでは「金融・保険・証券・ファイナンシャル、不動産・賃貸・リース、商社・卸・輸入」などの金融・不動産・商社が多かったのですが、最近はメーカーも増え、さらには理系の職種で就職する人も多くなっています。

◆学んだことはどう生きる? 

これまではゼミの研究テーマの関係で、金融や商社に就職する人が多かったのですが、最近は、メーカーやベンチャービジネスなど、多様化しています。また、システムエンジニア、気象予報士、船舶機関士など、理系職種と考えられるような分野への就職が増えているのも、最近の傾向です。試験を受けて就職する、公務員や公認会計士も少なくありません。

またいったん就職してから、国内外の大学院に進学する学生も多いです。これまではビジネススクールやロースクールが典型でしたが、最近は、工学部、医学部、公衆衛生など、分野がどんどん多様化しています。

先生からひとこと

社会の動きで疑問に思ったことを、自分の頭でとことん考えてみよう!

先生の研究に挑戦しよう!

・大地震に備えて自分たちができることを話し合ってみてください。

・大地震に見舞われることは大変に不幸なことですが、その不幸を乗り越えて見事に復興した過去の歴史を調べてみてください。

中高生におすすめ

教養としてのグローバル経済 新しい時代を生き抜く力を培うために

齊藤誠(有斐閣)

高校生を主たる対象として著した、グローバル経済の教科書。国境を越えて行き来するヒト・モノ・カネ・情報の実態と、それらを動かすメカニズムを易しく、丁寧に、そして深く解説。「単純な競争」で格差拡大に突き進むのか、「多様な競争」で豊かさを分かち合うのか、岐路に立つグローバル経済の道しるべとなる一冊。


父が息子に語るマクロ経済学

齊藤誠(勁草書房)

著者は、マクロ経済学やファイナンス理論を専門とする経済学者。著者が高校までに学んだ数学や社会の知識をもとに、日本経済を題材に息子へマクロ経済学の本質を語る。マクロ経済の基本から、GDP(国内総生産)、物価、金融市場、経済政策などについて理解するのに、最適な入門書。もちろん「息子」だけではなく「娘」にも読んでほしい。


教養としての経済学 生き抜く力を培うために

一橋大学経済学部:編(有斐閣)

一橋大学経済学部の教員が、それぞれの専門分野を高校生や大学新入生にも、分かりやすく解説している。経済学部を目指す高校生にとっては、経済学がどのような学問なのか、どのように学ぶものなのかを理解するのに役立つ。経済学部に進まない人にとっても、経済学の考え方を学ぶことは、社会を生きていくために大切だ。ぜひ読んでほしい。


先生に一問一答
Q1.18歳に戻って大学に入るなら何を学ぶ?

文学

Q2.大学時代の部活・サークルは?

ワンダーフォーゲル

Q3.大学時代のアルバイトでユニークだったものは?

 早朝の大学教室掃除


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