◆先生の研究分野であるヒューマンエージェントインタラクションを簡単に教えてください。
ヒューマンエージェントインタラクションは、人間から見て人間に見えるキャラクター(ロボットやスクリーン上のキャラクター)に関する研究です。
より詳しく言うと、人間と、人間のようなキャラクターとの「相互作用」を設計し、何が起きるか調べる学問ですが、実はそれに限りません。というのは、人間は人間以外の道具を「擬人化」してしまうことがあるからです。
クリフォード・ナスが行った有名な実験に、コンピュータを使って作業した後に、そのソフトの評価を、同じコンピュータ上で行うのと、違うコンピュータ上で行うのとを比較した実験があります。どのコンピュータで評価するか以外はまったく同じ条件であったにも関わらず、人間は、作業を行ったのと同じコンピュータで評価した場合に、作業の効率が良かったと評価しました。人間同士だと、一緒に作業した人に愛着が湧いて、その人から聞かれた時につい良く評価してしまう、ということはありますが、同じことが実はコンピュータにも起きてしまったのです(しかも、この愛着現象が初心者ではなく、プログラマーのようによくコンピュータの仕組みを知っている人にも起きた、というのがポイントでした)。
この現象に関していろいろな仮説が立てられていますが、簡単に言えば、私たちの脳は、「他人とコミュニケーションし、協力する」ための機能を発達させており、その作用が道具に対しても働いてしまうということです。
こうした他人と協調する知能は「社会的知能」という名前で呼ばれており、実はこれが人間の脳を大きく進化させた要因ではないか、という仮説≒社会脳仮説を主張する進化生物学者もいます。これは「相手の意図を読む」という行為をお互いに繰り返すことで、「相手の中にある自分の意図を読む」ということにつながり、お互いの読み合いがどんどん深くなければいけなくなるからです(血族で繋がった集団であれば、遺伝子にプログラムしておけばよいのですが、人間は遺伝子を共有しない集団でも、相手を読んで信頼しあい、お互い協力できる性質を持っています。みなさんの学校、あるいは部活にもそうした性質があります)。
こうした現象がなぜ起こるか調べ、どのような擬人化を行うように設計するのがいいか(あるいは行ってはいけないか)を調べるのが、ヒューマンエージェントインタラクションの研究分野です。
◆この研究は、どのような成果につながっていくのでしょうか。
私たちの研究は、人間の社会的な知能を対象としています。こうしたエージェント技術の一つの応用は、人間の社会的な能力をサポートすることです。例えば、気が利かない人間の代わりに、どこに話しかけるべきか教えてくれるというエージェント技術の使い方が考えられます。現在、盲目の人の目のコミュニケーションを代替する研究を行っていますが、こうした研究によって、人間と人工知能が力を合わせ、最大限のパフォーマンスを発揮する社会になっていければよいなと考えています。
人工知能の見る夢は AIショートショート集
新井素子、宮内悠介他 人工知能学会:編(文春文庫)
この本は、もともと人工知能学会の学会誌「人工知能」に掲載されたショートショートをまとめたものです。人工知能がどのように発展するか、人工知能をテーマにSF作家に書いてもらい、それを学会でテーマごとにまとめた上で、第一級の研究者に解説を依頼しました。小説に興味がある人にも、最新の人工知能の動向について調べてみたい人にも、どちらにもおすすめです。「ステレオタイプな人工知能」ではない人工知能の可能性、どのような使われ方が存在しうるか、ぜひ考えながら読んでほしいなと思います。
ヒューマンエージェントインタラクションの研究では、「他人から見た時に、そこに他者がいると感じるか」という視点を重視しています。「人工知能は『心』を持つのでしょうか」という疑問をいろいろな人からいただきますが、心を持っているかどうかの判定を客観的に行うことは、非常に難しいのです(原理的に不可能だという方も多いです)。ヒューマンエージェントインタラクションの研究では、人間が心を持っていると誤解しやすい、という傾向がよく挙げられています。また、性別や人種に対する偏見が、そのままエージェントに投影されてしまうことも多く、その倫理的課題が問題となっています。どのような未来社会を作っていけばよいのか、読みながら想像し続けてください。
人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの
松尾豊(角川EPUB選書)
人工知能について非常に多くの情報が溢れていますが、この本は人工知能学会編集長であった松尾豊先生によって書かれており、現状の技術について正確かつ誠実な記述になっています。人工知能や人間らしいキャラクターに興味があるなら、まず、この本で現状を押さえておくのがよいと思います。
AIと人類は共存できるか? 人工知能SFアンソロジー
藤井太洋、長谷敏司他 人工知能学会:編(早川書房)
人工知能が社会を変化させる様子を、「倫理」「社会」「政治」「信仰」「芸術」の5つのキーワードでまとめ、小説家と研究者がそれぞれ小説/解説を行った本です。ヒューマンエージェントインタラクションについて、吉上亮先生の小説を元に、私が解説を行っており、HAIの歴史を概観する上ではおすすめです。値段が少々高いですが、読み応えはあります。
人狼知能 だます・見破る・説得する人工知能
鳥海不二夫、片上大輔、大澤博隆、稲葉通将、篠田孝祐、狩野芳伸(森北出版)
コミュニケーションゲーム「人狼」を人工知能で解く研究プロジェクト「人狼知能」について解説を行った本です。専門書ですが、このゲームに興味がある人は、飛ばし読みでもよいので、読んでみると面白いかもしれません。
国立博物館物語
岡崎二郎(小学館ビッグコミックス)
国立博物館で働く女性研究者を主人公にした漫画で、恐竜時代をシミュレートするスーパーコンピュータに沿って話が進みます。最終話では、人工知能時代が生むシンギュラリティについて、議論がされています。私が人工知能に関わる研究者を志したきっかけの漫画の一つです。
AIの遺電子
山田胡瓜(秋田書店)
ロボット・ヒューマノイド・人間が混在する未来社会で、ヒューマノイドを修理する技術を持った「医者」を対象とした短編漫画集です。社会に新しいAI技術・自動化技術が導入された際の、人々の受け取り方の変化が繊細に描かれています。作者は元インターネットニュースの記者の方であり、技術について深い造詣を持っています。大変読みやすいと思います。
人とロボットの<間>をデザインする
山田誠二:監著、中野有紀子、大澤博隆、寺田和憲他:著(東京電機大学出版局)
2007年に発刊されたHAIに関する初めてのまとまった解説書です。今となっては10年前の知見ですが、事例が多く、また読みやすい書籍となっていますので、おすすめです。