◆先生の研究分野である「計算理論」について教えてください。
コンピュータは高速に大量の処理を行うことができ、その性能は年々向上しています。単純な四則演算や繰返しの処理なら何万回でも瞬時に行ってくれます。しかし、だからといって何でもできるわけではありません。その単純な処理をどう組み合せれば、目的地までの道順を求めたり、将棋で勝てる手を探したり、状況に応じて気の利いた判断をしたりできるのか。コンピュータが強力になればなるほど、それを生かすための計算法(アルゴリズム)がますます重要になるのです。同じ目的を果すにも様々な方法があり、それによって結果や効率の良し悪しが大きく変わるからです。
計算に関する理論研究には、二つの側面があります。一つはもちろん、いろいろな問題を高速に解く上手な計算法を編み出すこと。これには巧妙な数学的アイデアが効くことも多いです。もう一つは逆に、「○○の方法では△△を求めることができない」という限界を探ることです。何ができて、何ができないかを知り、情報処理(計算)の世界を支配する原理・法則を科学的に理解することを目指すのです。これはコンピュータに限らず、我々自身の思考や推論による知的な問題解決の本質にも関わるテーマといえるでしょう。実際、計算可能性の概念は、今日のようなコンピュータがまだなかった1930年代に、数学者・哲学者・論理学者によって発見されたのです。
それ以来、コンピュータの技術の向上や用途の拡大とともに、計算に対する理解も大勢の研究者によって深められてきましたが、まだまだスッキリとはわからない所も多いのが現状です。例えば、問から答を求める難しさと、逆に答から問を当てる難しさは、どのような関係にあるのか。決った手順を次々に施すだけの計算と、うまく法則を発見する計算は、どれほど違うのか。計算の仕組みや時間制約が変わると、解ける問題はどのように変わるのか。このような計算の本質に関わる謎を解明するため、いろいろな数学的道具を使って挑んでいます。理論的な奥深さを持つ分野でありながら、実際に役立つ情報処理にも深く結びついているのが、計算に関する研究の面白いところなのです。
コンピュータサイエンス――計算を通して世界を観る
渡辺治(丸善出版)
「計算」というと、小学校以来の足し算、掛け算や数式の変形といった狭い意味が思い浮かぶかもしれませんが、本来はもっと広く、単純な処理の積み重ねで何らかの情報を処理することはすべて計算です。このように世の中を「計算として観る」ことの意味や手法について、本書は豊富な具体例を使って説明しています。非専門家向けに実際の情報処理の仕組を広く紹介する教養書でもありますが、技術の表層だけでなく、考え方の背景から解説しています。
本書には次のような言葉があります。
「森羅万象の中で、およそ人智が及ぶものはすべて計算という単純な演算の組合せで表現できる。これが計算世界観の基本思想である。だからこそ、計算を通して世の中を観ることが意味をもち、計算世界観がコンピュータ活用の鍵となるのである。(111ページより)」
本書は世の中で使われる様々な情報技術を広く扱っていますが、特にアルゴリズムと計算の理論についても、第4章を中心に述べられています。計算の方法の工夫により効率よく問題を解くことや、その効率の測り方と限界についても、実例とともに解説されています。